第五話『背眼の魔女』②
不治の病から生還を果たした女子高生の真琴は、後遺症で人の心が読める『読心』の能力を手に入れる。 家族や友人の心の声を聞いて傷つき、苦しむ真琴。 そんな真琴はある日、妖しく輝く月の下で謎の美少女アリオと運命的な出会いを果たすー。 今、魔女が暗躍する帝都に、再び魔銃『ブルトガング』の銃声が響き渡る。
× × ×
埠頭には巨大な倉庫が建ち並んでいる。その倉庫の上では瀬名零……セーレが直冬の車列を見下ろしていた。セーレは直冬とニーナのやり取りの一部始終を見ていたのだ。
セーレの頭上では海鳥たちが潮風を受けて舞っている。その海鳥たちがまるで危険でも察知したかの様に、散り散りになって飛び去った。
「覗き見とは悪趣味ですね、セーレ。魔族の貴公子がする事じゃありませんよ……」
名前を呼ぶ突然の声に、セーレの耳がぴくりと動いた。しかし、セーレに驚く素振りは無い。むしろ、その顔には嬉々とした笑みが浮かぶ。
セーレの後ろにはいつの間にか立ち去ったはずのアッシュが立っていた。
「そっちこそ……。ニーナ……あいつって、『背眼の魔女』とか呼ばれてる魔女だろ? いつから魔女なんかの下僕に成り下がったんだい?」
セーレは振り向かずに答えた。
「下僕とは人聞きの悪い……」
「人聞きって……。アスタロト、お前は悪魔だろ? 」
振り返るとセーレは真っすぐに男を見据え、その名前を呼んだ。
セーレはアッシュと呼ばれるこの長身痩躯の男を知っている。
男は本名を『アスタロト・アルビジオス』と言い、セーレと同じ悪魔だ。アスタロトは自身の才覚で頭角を現した悪魔だったが数百年前に魔界からふいに姿を消した。
風の噂では人間の女と駆け落ちしたと言われている。
「確かに……わたしは悪魔でしたね……」
アスタロトはどこか遠い景色を見つめる様な表情で言った。
「それより、セーレ。君の方こそ、人間の女がする格好なんかして、どうしたのですか? 人間の真似事ですか?」
アスタロトはセーレのセーラー服姿の事を言っていた。
「どう? 可愛いでしょ?」
セーレはおどけて、その場でくるりと回って見せた。
スカートが舞い、セーレの細い脚が露わになる。
「今はね、瀬戸零っていう女の子を演じてるんだ♪」
悪戯っぽく微笑んで見せるとセーレは続けた。
「零っていう名前の由来はね……。『悪魔の契約』って等価交換でしょ? 何かを得ても必ず何かを失う……人間にとってはプラスマイナスがゼロ。だから、『零』。我ながらナイスなネーミングだと思ってるんだ♪」
得意気に語るセーレにアスタロトは小さくため息をついた。
「……おふざけはこの位にしましょう。セーレ、あなたはこんな所で何をしているのですか?」
今度はアスタロトがセーレを見据えた。
「何って……観察だよ」
「観察?」
アスタロトは顔をしかめた。
「まあ、いいでしょう。あなたが何処で何をしようと、あなたの自由です。ただ……私の邪魔をしなければですが」
「……邪魔をしたらどうなるの?」
「……」
アスタロトは掛けている黒縁の眼鏡を外すと、胸ポケットから眼鏡拭きを取り出して丁寧に拭いた。そして、ゆっくりと眼鏡を掛け直し、再びセーレを見た。その双眸は瞳孔が細くなっており、残忍で凶暴な有隣目となっていた。
「どうなると思います? 試してみますか?」
抑揚の無い平坦な声だったが、どこか有無を言わせない雰囲気で威圧的だった。
アスタロトのもの言いにセーレは眉根を寄せた。
「そんな顔をして……ボク、怖いよ……」
セーレは急におびえて見せると、許しを請う目つきでアスタロトを見た。その大きな瞳が潤み、切なそうにアスタロトを見つめている。
その瞬間。
アスタロトから攻撃的な雰囲気がフッと消えた。双眸も元へと戻っている。
「別に……怖がらせるつもりは有りませんでした……。悪魔同士、互いの契約相手を尊重しようって言ってるんです。どんな興味が有ってニーナを観察していたのかは知りませんが、深入りはしないで下さい」
「……ボクにも契約者が居るからね。約束は出来ないかな♪」
怖がっていたのがまるで嘘のようにセーレからおびえた雰囲気が消えた。それどころか、今度は楽しそうに話している。
「まったく……。セーレ、君って悪魔は……」
苦笑し、ため息混じりに呟くと、アスタロトはセーレに背を向けた。
「そういえば……。セーレ、君の契約相手は『世界の欠片』を集めているそうですね」
「そうだよ♪」
セーレの返答を聞いて、アスタロトの顔に一瞬だけ憂いの影が差した。
「いえ、何でもありません。健闘を祈っていますよ……それでは」
歩き始めたアスタロトの姿に霞がかかり、やがてその姿は掻き消えた。
「『アスタロト・アルビジオス』」
セーレはもう一度だけ、その名を口にした。
空には海鳥たちが舞い戻っていた。
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