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9.忘却

カマナの一言

『なんか普通に順応してない? こんなもんなの?』

「じゃ、今日はこれまで。次の時間はこの次の章に進むから、ここの公式と問題を予習しておくこと。」


 パタンパタンと教科書を畳んでカバンにしまいつつ、そんなめんどくさい置き土産を残して数学の教師は教室を後にした。予習自体はいつもしているが、人に言われると途端にやる気がなくなる。まあ、やるんだけどな。

 眠い目を擦りながら欠伸を一つ。すると、そんな瀬名に近づいてくる影があった。


「瀬名ちゃん、授業中ずっと寝てたでしょー」


「ん、ああ、澪。見てたのか。」


「いや、見てたっていうか、楠木先生が『涼風は相変わらずだな』ってため息ついてたんだよ。」


「ああ、そういうことか。」


 楠木先生とはさっきの数学の教師のこと。瀬名は居眠り常習犯だったので、もはや居眠りしていても直接はなにも言われない。


「ふふ、瀬名ちゃんは変わんないね。それよりさ、瀬名ちゃんがよければ、今日から一緒にご飯食べない? ほら、玲華ちゃんもあそこで呼んでるし。」


 促されて澪の指差す方を見れば、玲華が微笑を浮かべてこちらに手を振っていた。玲華も普通に歓迎してくれるようだ。


「じゃ、お言葉に甘えようかな。でも、ちょっと待っててくれ。」


「んー? なんかするの?」


「ほら、篤翔に弁当渡してやらないとさ。あいつの食うもんなくなっちゃうから。」


 すると、澪は目を丸くして驚いたように言った。


「あ、え? 橘くんって瀬名ちゃんにいっつもお弁当作ってもらってたの? お弁当箱が一緒なのって仲良いからじゃなかったの?」


 そういえば、弁当箱とかお互いにあまりこだわりはなかったから一緒のだったな…仲が良いから同じの使ってるだけだと思われてたのか。


『いや、いくら親友だからってその親友のお弁当を作ってくるなんて人はいないと思うよ…』


 いたのかカマナ、なんだか久しぶりだな。それより、これはそんなに珍しいことか?


『セナがずっと寝てるから暇だったんだよ…。それはいいとして、お弁当作ってくるのは人間の世界じゃ珍しいものなんじゃないかい? 僕としては面白いけどね。なんだか、甲斐甲斐しく世話を焼いている彼女みたいじゃないか。』


 くつくつと愉快そうに笑うカマナを見て、なんだか腑に落ちない思いがした。


 お前な…今朝も説明しただろう。俺が作ってかなきゃ篤翔はなんも食べないかもしれないんだ。ほっとけないだろ。


『僕はそのことを言っているんだけどね? まあ、よく分からないならそれでいいと思うよ。』


 言われた通り、よくわからなかったので瀬名は考えることをやめた。考えたって意味のないことは考える必要はない。これは俺の持論だ。


 ひとまず、返事を保留している澪に先ほどの質問の答えを返す。


「まぁ…そうだ。篤翔には弁当とか作ってやらないと昼食をめんどくさがって食べないことがあるからな。いつも俺が作って持ってきてるんだ。」


「へー、なんかいいなぁ、瀬名ちゃんのお弁当。ていうか、瀬名ちゃんってお料理できるんだ?」


「…まあ、母さんに叩き込まれたしな。簡単なものならある程度作れるよ。」


「うう、私より女子力高い…今度さ、良かったら私にも教えてよ!」


 「お願いっ」と言いながら両手を合わせてペロッと舌を出す澪。その仕草の方がよっぽど女子力に溢れていると思うんだけどな…


「本当に簡単なものでいいなら構わないよ。でも、場所はどうする?」


「えっ? あー、そっか…うーん、瀬名ちゃんの家じゃダメかな?」


 うちか…まあ、飛鳥がいるくらいだし別にいいか…


「そっちが良いなら、俺は構わないよ。でも、いくら今俺が女だからって抵抗はないのか?」


 暗に男の家だぞということを仄めかす。すると、澪はきょとんとした顔で小首を傾げていた。


「いや、私は別に気にしないよ? さっきも言ったけどさ、瀬名ちゃんは信じてるし、それにもう友達だからね。」


 屈託無く笑ってそんなことを言う澪。こんなに自分のことを認めてくれているのはなんだかむず痒い思いがしたが、嬉しかった。


「あ、よかったら玲華ちゃんもいいかな?」


「…私がなんだって?」


「うひゃっ! …んもう、玲華ちゃん、脅かさないで…」


 じとっとした目で、玲華の名前を出した澪の隣にニュッと出てきたご本人様。澪はそんな玲華の登場に驚いて、小動物のように跳ね上がっていた。


「あんまりずっと話してるから待ちくたびれちゃったわよ…で? 何の話してたの?」


 腕組みをしながら呆れた表情をする玲華。そういえば、お昼ご飯の話から大分脱線して長話をしてしまっていたなと思う。


「瀬名ちゃん料理が得意だから今度教えてもらおう!って話! ほら、このお弁当とか瀬名ちゃんの手作りなんだよ!」


 そう言ってまるで自分のことのように玲華に紹介してくれる澪に思わず頬が緩む。


「へぇ…結構凝ってるのね…あれ? お弁当二つもあるけど…」


 玲華は興味深そうに弁当箱を見ていると、それが二つあることに気付いた。


「あ、それはね、橘くんの分なんだって。瀬名ちゃん、橘くんのまで作ってるんだよ? ちょっと羨ましいなぁ。」


 俺の弁当なんて5割が冷凍食品なのに、なにが羨ましいことがあろうか。誰でも作れる弁当だ。


 そんなことを考えていると、玲華は二人が完全に忘れていたことを、腕組みしながら冷静に言った。


「そう、橘くんの……で、それはまだ渡してこなくていいのかしら…」



 ……………あ。忘れてた。



 もう昼休みが始まってから20分が経った頃、俺たちはようやく篤翔に弁当を渡すため動きだした。

 ちなみに、篤翔は自分から催促しにくるといったことはしない。いつも作ってもらっているのが申し訳ないからだそうだが、だったらいつも自分でちゃんと食べてほしい。……まあ、栄養バランスとかあるし、俺が作るけどな。


『君って、やっぱりますます彼女っぽ……』


 余計なお世話だ。

更新がまちまちになってしまって申し訳ございません!

誤字報告もありがとうございます!これからもきになる点がありましたら教えていただけると嬉しいです!

その他感想も沢山お待ちしていますしてくれたら泣いて喜びます!!

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