12.タピオカ
カマナの一言
『素直に、篤翔と帰りたい! 一緒にいたい! て言えばいいのにね』
ようやく8時間ほどの拘束時間から解放された近所の高校生やら中学生やらでがやがやと賑わうモール。瀬名達はそこで、いっぱしの女子高生のように制服女子三人で並んで歩いていた。ちなみに、まだこれでも女子歴3日である。
「俺、ついこの前まで普通の男の子だったんだよな…」
「ど、どうしたの瀬名ちゃん…おーい、戻っておいでー」
澪が目の前でぶんぶんと手を振っている。いや、見えているよ。ただ今はそっとしておいてくれないか。どんどん近づいてきてるよ。なんならもう鼻先当たってるよ澪さん?
「まあ、瀬名の気持ちも分からなくはないわね。つい先週の金曜まで男子高校生してたのに、その次の週からはほんとにただの女子高生してるんだもの。」
「そう、まさしくそれなんだよ…なった直後なんてまあ女になったぐらいだろーなんて思ってたけど、いざこうなると俺の中の男としてのなにかが崩れていく気がする……」
きっちりスカートまで履いて、たかが一日履いた程度でこの着心地にすっかり慣れてしまった。なんならもう座るときにスカートが乱れないよう整えながら座ることが自然にできてしまう。
別に男としての矜持なんてものを持つほど高尚に生きてきてはいないが、17年間男をやってきた割に今に適応しすぎていて我ながら笑いが出る。
「でも、もう男の子に戻る目処もないんでしょ? じゃあいずれ時間の問題だったんだから気にしない気にしない!」
けろりと言ってのける澪。今日一日付き合ってきて思ったが、澪は割とさっぱりした性格のようだ。…いや、頭が空なのk………おっと、澪の目が笑っていない。「誰の頭がなんだって?」って顔してる。気のせいだといいな。
「あー、ところで、今これはどこへ向かってるんだ?」
話題を変えるために澪に尋ねてみると、澪は「待ってました」と言わんばかりに胸を張った。
「ふふん! 女子高生が集まっていくところなんて一つしかないじゃない!」
「そうなのか。俺女子高生歴一日だからわからんや」
女子高生が行くところって一つしかないのか…随分狭い世界なんだな…と失礼なことを考えていると、澪は指をピンと立てて得意げに口を開いた。
「瀬名ちゃん、タピオカ…って言葉くらいは聞いたことあるでしょ?」
「あぁ……」
タピオカ、そりゃあ近年何度も聞く言葉だ。巷じゃタピオカブームだとか、しまいにはタピオカランドとか言われているあれか。
「あれって美味しいのか? 俺飲んだことないんだけど」
「うーん、まあ、私は好きだけどね。もちもちして美味しいし。すぐお腹いっぱいになっちゃうけど」
「へへへ」なんて笑いながらペロッと舌を出す澪。「夕飯とか大丈夫なの?」と呆れながら言う玲華。ごもっともだ。
でも確かに、もちもちしていてあんなにゴロゴロ入っていておまけにミルクティーなんかも一緒に飲むんだとすると………お腹たぷたぷになりそうだな。今日は夕飯いらないって連絡を入れておくべきか…
瀬名がそんなことをうーんと唸っていると、
「ほら、ここだよー」
と、気付けば随分と華やかなお店に着いた。…ところで。
「あの、澪さん。右を見れど左を見れど、明らかに学校帰りの女子中高生しかいないんだけど」
そう、あっちを見てもこっちを見てもいるのは女子中高生。確かに今の俺の外見は女の子だが、まだ俺の中の男は辛うじて生きている。満身創痍ではあるが。そんな俺がこんな場所で若干アウェーな感じがするのは、仕方ないってもんだろう。
「だからさっき言ったでしょ? こうやって女子高生が集まったら行くとこは一つなんだって」
一つというのは流石に誇張しすぎだとは思うが、この人気度を見ればまあ、首を縦に振るしかない。渋々ではあるが、澪に手を引かれて店内のカウンターへ進む。
「いらっしゃいませ! ご注文はお決まりですか?」
女性の店員がにこやかに挨拶をしてくる。うむ、眩しい笑顔だ。どこのタピオカ屋もこうなのか? 彼女達にはここの店員であるプライドでもあるのか?
「んとー、私はこれにしようかな」
そう言って澪が指差したのはピーチオレンジ。なるほど、ミルクティー以外にも結構種類があるもんなんだな。
「私はミルクティーでいいわ。あんまり甘いものは得意じゃないの」
玲華が肩を竦めて苦笑いしながら言う。澪がピーチオレンジで、玲華がミルクティーなら俺は何にしようかな、としげしげとメニューを眺める。そして、そのうちの一つを指差して言った。
「俺はマンゴティーにしようかな。なんだか美味しそうだし」
瀬名がそう言うと、店員のお姉さんは満面の笑みを浮かべて、
「かしこまりました! ただいまお作りいたしますのでこちらで少々お待ちくださいね!」
と言って、テキパキと会計を行い始めた。なんか、バイトとかしたことないから詳しいことはわかんないけど、すごいなって思った。うん…
あっという間に出て来たタピオカを三人で受け取ると、丸机に席が用意されたところに腰を落ち着けた。注文したマンゴティーは少し透明なオレンジ色で、底の方には黒いタピオカがごろごろしていた。
「ねえねえ! せっかくだしさ、三人で写真撮ろうよ!」
澪はそう言いながら、俺と玲華をグイッと引っ張って澪の近くに寄せると、内カメラモードにしたスマホを掲げた。
「ほらほら、タピオカ持って! 瀬名ちゃんも笑って笑ってー」
なんだかこんな風に写真を撮るのは慣れていないので、少し恥ずかしくてどこかぎこちない笑顔になっているような気がする。
「はい、チーズ!」
澪の掛け声とカシャッという音と共に、澪のスマホに今の写真が記録される。すぐに澪はそのスマホをすいすいと操作すると、俺と玲華のスマホがピロンっと音を鳴らした。
「へへ、勝手にうちらのグループ作っちゃった。そこに今の写真送っておいたから見てみてね」
そう言って嬉しそうに笑う澪に、俺と玲華は顔を見合わせて肩を竦めて笑った。なんだか新鮮な体験だったが、こういうのも悪くないな。
「ありがとう、澪」
「いいのいいの! これで合法で永久保存版の瀬名ちゃんが手に入ったわけだからね!」
それさえ言わなければな。なんともなかったのにな。
玲華が呆れた顔で澪の頭にチョップを落とすと、澪は「あてっ」という可愛らしい声をあげてけらけらと笑っていた。そんな様子を横目に送られた写真を見ると、心底楽しそうに笑う澪と、クールな笑みを浮かべる玲華と、少し恥ずかしそうに頬を染めた自分が写っていた。もうこんなの誰が見ても女子高生じゃん…と頭を抱えたのは言うまでもない。
ふと、グループの下のトークに篤翔の文字が見えた。その時の俺はきっと、魔が差したんだと思う。俺はそのトークに、先ほどの写真を送信するだけしてスマホをしまった。そんなに深い意味はないけど。なんとなくだ。
『いや…誰に言い訳してんの?』
そんな、カマナの呆れた声が聞こえた気がした。
最近色んな話を書きたいなーと思っているんですが、現行の物語を完成させないと落ち着かないというかなんというか……完走したそのときまで我慢ですね…!
そんな私の気を紛らわせるために短編を書きました! ほぼ思いつきで書きなぐったものですが、よければそちらもご覧ください!
感想お待ちしています! ほんと、一言とかでもすっごく嬉しいので、感じたことなど教えていただけたらなと思います!




