第一話:異世界より始まる物語
少女が目を覚ました原因は、小鳥の楽しそうな鳴き声と強い陽の光だった。柔らかいとはいえ、昼間の日差しはやはり眩しい。広い草原の中央に横たわっている少女は微かに身じろぎをする。眩しそうに瞼が揺れ、ゆっくりと彼女の目が開かれる。
「……え?」
周りの状況を理解できず、少女は間の抜けた声をあげた。目を開いた途端に飛び込んで来たのは、雲一つない青空。少女はその姿勢のままで慌てて辺りを見回す。右を見れば、草。左を見れば、草。前を見れば、空。
「えぇっ!?」
少女は再びすっとんきょうな声を出すと、勢いよく起き上がった。視界が広がり、先程は分からなかった事にも気付く。髪をくすぐる風、草の匂い、風が草の間を駆け抜ける音。その全てが、ここが草原である事を確かに伝えていた。
「何、ここ……」
少女は呆然として呟き、静かに立ち上がる。黄緑色をした背の低い草が、見える限りどこまでも続いていた。
理解できない状況に、彼女は頭を抱え込んだ。落ち着け、と自らに言い聞かせながら、この状況を把握しようとする。
(ここって草原だよね……。しかもすごく広い。何で? 何であたしはこんな所に?)
原因を探る為、少女は目が覚めるまでの事を思い出す。
(昨日はバイトを終わらせて帰ってきて、遅い夕食を食べてから寝て……)
至っていつも通りの日常。特に変わった事もなく、こんな所まで来るはずがない。
(夢遊病? ううん、違う)
浮かんだ考えをすぐに打ち消す。今まで寝てる間に外を出歩いた事などないし、こんなに広い草原は家の近くには存在しない。
(誘拐だったとしても、草原の真ん中で放置しておく意味がないし、身代金だって手に入れられない)
十七歳で一人暮らしをしている少女は、余分な金など持っていなかった。真紅の瞳をした彼女を雇ってくれるところはなかなかない。人前に出ないバイトを続けながら仕事を探し、節約して何とかやりくりしている日々だった。彼女には家族もこれといった友達もいない。例え誘拐だとしても、彼女を人質にして身代金を要求する、など到底不可能な話だ。
様々な仮説が、浮かんでは消えていく。どれもこの状況の理由を完璧に説明できる物ではない。
「はぁ……」
考えても考えても分からない事に嫌になって、少女は大きく溜め息を吐いた。
(歩くしかない、かな)
考えた末、少女は決断を下す。こんな所に来てしまった理由など分からないし、来てしまったのは事実。それなら、これから何とかしなくてはならない。
(ここで待ってても何にもならない)
広大な草原だ。彼女の近くを人が通りかかるとは思えない。草原を抜け、大きな道に出られれば良い。人に出会えるかもしれないし、会えなくても道を辿っていけば街には着ける。そうすれば、ここがどこなのかも分かる。
少女は決意を固め、足を一歩踏み出した。