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妖狐のドールと言の葉の消失  作者: 三千院絵譜
14/15

気づいた時には落ちてました

耳をつんざくような音に驚き目を開けると、雲一つない青空が見えた。


「大丈夫ですか?よそ見してると危ないですよ」


その声に聞き覚えがある。麿由利君のお兄さんだ。

何が起きたのかわからず、言葉が出ない。

私の体は麿由利君のお兄さん、つまり伊織さんの腕に体を預けるようにしている。

あの危機的な状況で助かったのだろうか?でも、どうやって?

麿由利君の方を見ると、おおよそ15メートルは離れている。伊織さんもほぼ同じ位置にいたはずだ。


「あ、ありがとうございます。でも、どうやって....」


物理的に私を助けるのは無理ではないだろうか。私の体感ではスローモーションに見えていたから時間は長く感じたが、実際はほんの2,3秒の出来事にすぎない。


「秘密です」

端正な顔で笑顔を見せる。

そしてさらに、私の顔を軽く撫でながらこう付け加えた。

「君に怪我がなくてよかった」


彼からそう言われた瞬間、頭の中に沢山の映像が流れて目の前が真っ暗になる。


ーー廻ーー

私は、初めて恋をした。

高校に進学する際、親元を離れたくて少し遠い高校をわざと選んだ。

長い家族会議の末、両親の説得も完了し、一人暮らしが始まった。最後までお父さんは諦めてはいなかったけれど。

期待に胸を躍らせながら始めての登校を済ませたわけなのだが、そこで私は周りとの差に気づいた。

髪は整えることもなく伸ばしたままで、メイクなんてもちろんしていない。おまけに視力が悪いから眼鏡だ。

しかし周りは大多数が巻き髪やらロングヘアーやら女性らしいボブ。

メイクも校則に引っかからない程度に上手くやっている。黒いカラーコンタクトを入れて、お人形さんみたいな目をして。

早い話が私とは真逆だ。


始めてのホームルームが始まる前の段階で既に周りとの差ができている。

教室の隅で、楽しそうな会話をしているのを聞いているだけの存在。あの輪の中には入れない。

そう気づいた。


入学してから1週間が経っても特に何も変わりはなかったし、期待は既に失われている。

退屈な授業が終わり、部活にも入っていないので早く家に帰ればいいのだが、家に帰ってもやることがない。本を読むのは元々好きだったし、教室で本を読んでいれば誰かに声を掛けられることもない。

そんな利便性を求めて、初めて高校の図書室出向いた時、あまりの本の多さに感動した。

あれでもない、これでもない。と小一時間どれを借りるかで悩んでいた。


「あの、もうすぐ閉めなきゃいけないんですけど。まだ時間掛かりますか?」


突然肩を叩かれたので逃げるように後ろを振り向くと、この学校では珍しくチャラチャラしていない好青年が困った顔をしている。

教師以外から久しぶりに声をかけられて、どう返答していいかわからず、手に持った二冊の本を何故だか重ね合わせて隠すようにする。


「あ、それ!上の方にある本『儚い羊たちの祝宴』それ凄く面白いですよ。オススメです」


そう言って私が咄嗟に隠した二冊の本のうち、彼に見えている方を指差しながら言った。


「あ、そう...ですか。じゃぁ、こっちに、します」

なんか気持ち悪い話し方になってしまった。と、自分でも思いながら、会話を続けられる自信も無いので、もう一冊を本棚に急いで直そうとする。


「でも、『絶深海のソラリス』これも凄く面白いですよ」

そう言って、本棚に直そうとした私の手の上に彼の手が重なり、驚いて落としてしまう。


「図書室に来るの今日が初めてですよね?僕ほとんど毎日ここにいるから。あんまり利用者も少ないし覚えてるんです。今回は内緒にしておくので、二冊とも借りていってもいいですよ」


本を拾い上げながら私に差し出した彼は、凄く優しい笑顔をしていて、それにどう返せばいいのかわからない私は、その本を受け取ると


「ありがとう。ございます」

自分でも聞き取れないくらいの小さな声で答えると、逃げるようにして図書室を出ていってしまった。


家に帰って食事を済ませ、借りてきた本を読もうとするが、本を開く時に見える自分の右手に、彼の手が重なって見えてしまい恥かしくなって直ぐに閉じる。

ベッドへ横になり目を瞑っても、本を差し出されたときの彼の笑顔が浮かんできて、結局また起き上がり本を開こうとするが、またしかり。

それを何度か繰り返している内に、私は恋をしてしまったんだ。と理解した。


翌日、彼を見に図書室へ行きたい気持ちはあったのだが、二冊まとめて借りてしまったので、1日では流石に読み終わるわけもない。

返しに行くのは不自然だし、読み終わった事にした場合、感想を聞かれでもしたらどうしよう。

そんな事を、図書室のある別館へ向かう途中の廊下で既に10分は悩んでいる。


「昨日の本、どうでしたか?」


背後から声を掛けられて心臓が跳ね上がる。

この学校で私に話しかけて来るのは、教師か事務員のおばさんくらいだ。

振り向いて少し後ずさりすると、そこには昨日の彼が、顔が隠れてしまうくらい沢山の本を抱えていた。


「あ、いや、あの。まだ、全然、読んでない....です」


あぁ、どうして上手く話せないのだろう。

確かにお喋りな方ではないが、日本語くらい流暢に話せるのに。


「もしかして、あんまり面白くなかったですか?」


私が抱えている二冊の本を見つめながら、彼が悲しそうな顔をする。


「いや、違うんです。家だと集中できないから。だから図書室で読もうと思って」


あれ?普通に話せた。しかも図書室に顔を出す適当な口実まで。

でもそれはそれでなんだか恥ずかしい。


「それわかります。家だと、特に夜とかは静か過ぎて逆に集中できないですよね。丁度新しい本が届いたので図書室に向かう途中なんです。直ぐに開けますね」


そう言って進みだした彼は、山積みになった本の脇から顔を左右に振りながら足元を確認して、階段を上ろうとする。バランスを取りながら前方にも注意しているので足取りが覚束おぼつかない。なんだか凄く愛くるしい。


「少し、持ちますよ」


私が勇気を振り絞って隣に並ぶと、「ありがとう。助かります。でも、少しでいいですよ」と、笑顔で答える。

彼の視界が確保できる分だけ受け取ると、それだけでも私にとっては中々重かった。並びながら階段を上がって行く途中、彼を横目で見ると、抱えられた本はまだ私が受け取った2倍は数がある。やっぱり男の子は力持ちなんだな。なんて思ったりして、彼の腕に目をやると、私にはない筋肉が盛り上がってる。今まで生きてきて意識したことはなかったが、それになんだかドキドキする。


図書室の前に到着すると、一度本を床に置く。

鍵を取り出して扉を開けると、体に当たる室内の空気は、新しい本や古い本、そして普段使っている教室の混ざった香りがする。

彼が貸し出し用のカウンターの上に、持ってきた本を置くのを見て、私もそれにならう。

彼から勧められた二冊を持って適当な場所に座ると、彼が図書室の窓を開けていく音がする。


「この窓を開けると丁度いい感じになんです」


何の話だろうと後ろを向くと、校庭から陸上部のピストルの音や、野球部のバットの快音。サッカー部が懸命に声を上げながら走っている音が聞こえてくる。

なんだか青春の音だな。なんて年甲斐にもない事を考えてしまい、思わず少しはにかむ。


「これくらいの音が聞こえる方が集中できますよね」


こちらを見ている彼に気づき、校庭に向けられた視線を前に戻す。


「そう、ですね」

と、冷たく返してしまう。

好意でやってくれた事に対して素直になることができない。本当に自分に嫌気がさす。

特に何か反応を示すわけでもなく貸し出しカウンターの席に着く彼を視界の隅で確認する。


少し経って、読み始めた本から目を離し、彼の様子を伺おうとすると、目があってしまった。一瞬時間が止まった気がする。


「昨日、突然声かけてすいませんでした。驚かせてしまったみたいで」


その言葉に、昨日の事を思い出して顔が赤くなる。


「あ、いえ。あんまり人と会話するの得意じゃなくて。こちらこそ好意で二冊も貸してくれたのに突然帰ってしまってすいませんでした」


「この学校あんまり本借りる人いないので。読んでもらえる方が本も嬉しいでしょうし」


そう言いながら近づいてきた彼は、私の隣に座ると一枚のカードを差し出してきた。

近づいて来た時点で私の体は強張こわばり、緊張で額から汗が流れ始める。


「二冊借りてもらうのは構わないんだけど、一冊はせめて貸し出しカードに名前書いてもらわないといけないので」


「あ、ごめんなさい」


確かにそうだ。小学校でも中学校でもお馴染みのシステムである。

昨日、突然二冊の本を持ち出してしまい彼も困っただろう。

私がカードに名前を書いて彼の前に差し出すと、彼がカードを確認する。


「神崎 奈緒(かんざき なお )さん。でいいのかな?」


「.....はい」


ただの確認、司書係としての事務作業。

それは分かっているのに、名前を呼ばれて嬉しい。


「僕は甲本こうもと 明良あきよしです。よろしくお願いします」


(甲本明良...甲本明良...甲本明良...)

初めて知った彼の名前を頭の中で何度も繰り返す


「あっ、やばい‼︎もうこんな時間だ。図書室閉めて鍵返しに行かないと」


彼が突然立ち上がるのを見て窓の外を見ると、すっかり暗くなっていた。

急いで荷物を纏めると、彼と共に図書室を出る。

特に理由も無いのだが、彼が図書室の鍵を返すのを待って下駄箱まで一緒に向かう。


帰り道が途中まで同じらしく、特に会話も無いまま距離を計りながら何とも言えない空気が漂う。

無言で歩いていたので、私と彼の向かう先が別れる所でいきなり距離が離れてお互い立ち止まる。


「あー、電車通学だから駅の方なんです」


「私はすぐそこなので」


他の人にとってこれくらいの会話は当たり前なのだろうが、ここ最近の私にとっては凄まじい進歩なのだ。


「じゃあ、また明日。気をつけて」


彼が手を振るのを見て、恥ずかしいけど少しだけ手を振り返す。


「これからよろしくお願いします」


「あ、はい...」


駅へと向かっていく彼の背中を見えなくなるまで見つめている。

彼と別れてからの帰り道、今日の出来事を思い出して顔がほころぶ。


「また明日.....か...」


彼はそう言ってくれた。また明日、私は図書室に行ってもいいのだろう。

つまならい毎日だったが、少なくとも今は彼との明日がある。

ただそれだけで、まだ浮かんできたばかりの月がゆっくりと明日を運んでくるのも許せてしまう。


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