表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
妖狐のドールと言の葉の消失  作者: 三千院絵譜
12/15

どんぐりの背比べ

オレの目論見があっという間に崩れ去り、再びれんげ屋へ戻ってくると、扉を開けた瞬間ジゼルがオレを指差しながら笑っている。


「ぷぷぷー。だっさー‼︎」


先ほどの会話がこの小型無線機、とは言っても全く見たことのない形状をしているのだが、とにかくこれから聞いていたのだろう。

これ以上傷をえぐらないでほしい。


「悪かったな。時代遅れで」

オレがソファに座り、ふてくされながら言う。蓮華さんは扇子でパタパタと扇ぎながら紅茶を啜っている。


「この中で一番小娘と年齢も近かったからの。あそこまで酷いとはとは思いもせんかった。そもそもどう恋に落とすかまで決めておかねばならんようじゃな」


余程暑いのか、着物の首元を大きく広げて中に風を送っている。女の子のすることじゃないな。しかし悲しいかな、あれだけ着崩せば見えても可笑しくない夢の谷間はまったく見えない。

伊織は帰ってきて早々、本を読み始めていたのだが、今は蓮華をガン見しながら小さくガッツポーズをしている。


「じゃぁジゼルはどんなのに胸キュンするんだよ」


ジゼルが出してくれた紅茶を飲みながら聞いてみると、顎に人差し指を立てながら首を傾げる。その仕草は癖なのだろうか?


「悪い人とかに囲まれてー、危ないっ‼︎って時に、白いお馬さんに乗って登場してきた人に助けられるとか?」


それを聞いた瞬間、オレは紅茶を吹き出し、伊織が本を落とし、蓮華さんは湯のみを取ろうとした寸前のままフリーズした。

確実にオレよりヤバい思想だ。よく人の事を指差しながら笑えたもんだ。


「あれ?皆んなどうしたの?」


とても不思議そうにしているジゼルに、蓮華さんが見せた事ないくらい満面の笑みを見せる。


「そ、それは素敵じゃな。と、とてもよいと思うぞ。じゃが今回は馬を準備できんからの。残念じゃなー」


あわれみだ。流石のオレでも何故だかその理想は壊してはいけない様な気がしてくる。


「時間が経ちすぎると世間に及ぼす影響もどんどん大きくなっていきますし、やっぱりここは僕がやりましょうか?よくよく考えれば、姿を変えればいいだけですし」


伊織が落とした本を拾いながら言う。


「そうだ!伊織は変化できるんだから何の問題もないだろ!」


なぜ最初から気づかなかったんだ。

オレよりも少し大人びたくらいに変化すれば大体あの少女と同い年くらいにはなる。

オレの兄って設定にすればあの少女とも普通に接触できるはずだ。


「言われてみればそうじゃな。では明日はその作戦でいってみるとするかの」


特別驚きを見せるわけでもなく、気づきませんでした。てへぺろ。ぐらいのテンションだ。「解散、解散」と言うと、そのまま何処かへと消えていった。


「それじゃー私はご飯作り始めるねー」


ジゼルがリビングの端に備え付けられているキッチンの方へ向かう。


伊織は座ったまま、本の続きを読むみたいだ。

特にやることもなくなったオレは、伊織に何か本でも貸してくれと尋ねてみると、お風呂でも入ってきたらどうですか?と提案してくれた。どうやられんげ屋の風呂は露天風呂になっていて、それは見事なものらしい。


オレにも部屋が与えられているらしく、伊織に案内してもらうと、そこは最初に目覚めた部屋だった。


「それではごゆっくり」

伊織が部屋から出ていくのを確認し、部屋を一通り見渡してみると、必要な物は大体準備されている様だった。

クローゼットを開けてみると、今の服とほとんど同じ様な服がいくつも掛けられている。

しかし、その中には見た目が凄く凝っている、ヴィジュアル系の方々が着ていそうな服も何着かあった。


「こういうのはあんま着たことないけど、1度着てみたかったんだよな」


誰に言うわけでもなく独り言の様に呟くと、それを手に取り、先ほど教えてもらった浴場まで行ってみる。

螺旋階段を登り少し奥へと進むと、壁に『大浴場』と大きく書かれた札が掲げられていた。


中へ入ると、大きな更衣室まで準備されている。一体この家はどれだけ広いんだろうか。

服を脱ぎ捨てて気づいたが、2日間眠り続けそのままの初仕事だったのだが、一切汗はかいていない。人形の身体だから当然と言えばそれまでなのだが、ならば温泉に入る事で温かさや、気持ち良さを感じる事はあるのだろうか?身体的に疲れは感じている。気分的には多少取れるのかもしれない。


そんな事を考えながら浴場の扉を開けると、まさに絶景といってもいいであろう景色が広がっていた。本当になんでもありだな。


近くにあったシャワーで体と頭を洗うと、痛みを感じない人形の体ではあるが、確かに気持ち良さは感じた。

一通り終わると、大きな岩で囲まれた湯舟に体を沈める。至高の時だ。


「ふぅあぁー、生きててよかったー」


思わずそんな言葉が漏れてしまう。


「それは何よりじゃな。感心感心。ぬし様の魂を拾ってやった甲斐があったわい」


突然の声に驚いて悲鳴を上げると、広い湯舟の先、湯気で良く見えていなかったが、小さな人影が近づいてくるのが見える。

徐々に霧が取り払われていくと、そこには体にぴったりとタオルを纏わせている蓮華さんがいた。

思わず近くに置いていたタオルで大事な部分を隠す。


もありなん。といった表情で近づいてくる蓮華さんは、オレの隣で腰を下ろすと自然と肩まで湯舟に浸かる。


「え?え?ここってもしかして女湯なのか?全然知らなくて‼︎」


パニックに陥っていると、蓮華さんが手をぷらぷらとさせながら


「今は男が入る時間じゃ。伊織も真昼も真夜中に入るからの。誰もおらんと思って勝手に入っとるだけじゃ」


「いやいやいや、実際オレが入って来ちゃってるし‼︎」


「別によいであろう。そもそもここはわらわの家じゃ。家主が好きな時間に入って文句を言われる筋合いはないであろう」


ごもっともだ。

しかし、なんだ。相手は見た目が幼女ではあるものの、確実にオレよりも年上なわけだ。何とも言えない気まずさがある。


「オレ、もう出ようかなー?」


居たたまれなくなって湯舟から立ち上がり出ようとすると、タオルを引っ張られ止められる。


「ぬし様、先ほど生きててよかった。そう言っておったな?しかし、実際ぬし様は既に死んでおる。それでも.....それでも今、こうしていられる事を嬉しく思うか?」


こちらを見るわけでもなく、ただ前を見ている蓮華さんに、ここで逃げちゃいけないと自分の心がそう告げる。

もう一度湯舟に浸かり、蓮華さんと同じ方向を見る。その視線の先には、どこまで続いているのかもわからない程の木々や山々が広がっている。


「今はまだよくわからない事ばっかで、段々驚きもしなくなってきてはいる。自分で命を捨てて世界に迷惑かけた事も、死ぬ瞬間に見た自分の顔も思い出した。今では後悔してるよ。でも、こうやって、また誰かと時間を共にする事ができたり、今みたいに気分的なものではあっても癒しを感じる事ができたり、その事については本当に感謝してる。ありがとう」


お互い顔を見合わせるわけでもなく、感謝の念を述べると、オレの目の前に耳の生えた黒髪の後頭部が見える。

オレと同じ方向を向いて目の前に座った蓮華さんは、オレの膝を肘掛にしている。


「ならばよい。妖魔の中の妖魔。誉れ高き妖魔の王。わらわからすれば魂の定着など容易いからの」


太々(ふてぶて)しい体勢であるものの、水面に映る蓮華さんの表情は、250年もの年月を生きた貫禄のあるものではなく、見た目相応の少女の笑顔だった。


「ぬし様よ、ところで何故ろくに浸かりもせずに出ていこうとしたのじゃ?もしやわらわの体に欲情したんかの?」


その言葉に少しだけ顔が赤くなる。

いや、これは湯船に浸かり過ぎたからだと願いたい。


「そんなわけないだろ。まな板が」


頭越しから少しだけ見える前方の様子から、しっかりと膨らんだそれが無いのを確認する。事実確認OK


すると肩を震わせている蓮華さんが後ろに手を回しオレの股間を軽く掴んだ。

そして立ち上がりこちらを振り返ると、手を少しにぎにぎとしてみせる。


「なるほど。それはすまんかったの。小童こわっぱ


そう言い残して浴場から出ていく。

小童ってどっちの事だ‼︎オレの事か?それともオレの息子の事か!?

いや、人形になる前のオレの息子はもっと!こう!

立ち上がり確認してすると、生前の息子と今のソレは、記憶している限りではどんぐりの背比べだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ