(9)
鳥たちは一直線にならんで、何処かへ移動していく。
遠くに家の前の道路を掃き掃除をしているお年寄りの姿が見えた。
俺はまたコンビニ袋を持って、グルグルと動きながら家を監視した。
クライアントの家の灯りがついたので、通りすぎるふりをして家の横で耳をすます。
換気扇が回り始める音がした。
おそらく奥さんが朝ごはんの支度を始めたのだろう。
姿が見えていないから、断定は出来ないが。
そうやって何度か家の横を通り過ぎると、雨戸を開ける姿が見えた。
間違いなく加茂の奥さんの姿だった。
俺よりも前にこっちに戻っていたのだ。
あの湖の近くのラブホにいた時間が一時間ちょっと。車のスピードが違うにしても十分も変わらないだろう。
とすれば、あそことは違うホテルにつくのに何分かかかり、するとそのホテルにいれるのはせいぜい三、四十分といったところか。
俺は佐東さんにメッセージを入れた。
『今、どこですか、電車動き出してますよね?』
俺は一度オフィスに戻るつもりだった。
そして再度今日の夜、佐東さんと張り込む。
連日、不倫相手と会うとは思えないが、一週間のパターンを把握するためにもやらざるをえまい。
『俺もオフィスに戻ります』
車に戻り、通勤の車に交じってオフィスに戻った。
ほとんどはまだ出社していなかったが、伊藤さんを見つけると、話しかけた。
「佐東さんから連絡ありますか?」
「いや……」
「もしかして、佐東さん戻ってないんですか?」
伊藤さんは床を蹴って、椅子を回すと、真剣な表情をみせた。
「一体、何があったんだ。佐東は携帯も出ないし、GPSも働かない。まったく居場所がわからないぞ」
「えっ……」
俺は昨日あった出来事を簡単に話した。
「まさかそのクーペって、暴力団が良く乗るような外車か?」
「そうです…… 男の顔は撮ってます」
俺はスマフォをパソコンにつなぎ、男の動画を伊藤さんと見た。
「俺の知っている連中には、いないが…… この画像をくれないか。知りあいに確認してみる」
「暴力団かどうかをですか?」
「暴力団だったとして、佐東が監禁や…… 最悪の可能性もあるだろう」
俺は怖くなって手が震えた。
「何か証拠や写真を押さえたわけじゃないんです。何か重大は秘密を知ったわけでも…… こんなことで消されるとかありえない」
「可能性があると言っただけだ」
伊藤さんは目を伏せた。
「お前は今日の張り込みに備えて寝ろ。佐東は、俺が確認する」
「けど……」
仮眠室をゆびさした。
「いいから、まかせておけ」
「はい」
俺は仮眠室に入って寝ることにした。
目が覚めた時には、夕方近くになっていた。
そのままシャワー室に入り、体と髪を洗うと、肌着だけ着替えてまた同じシャツとジーンズを履いた。
オフィスに出ると、伊藤さんが険しい顔をしていた。
話しかけづらくて、言葉が出てこなかった。
「伊藤…… さん、佐東さんと連絡とれましたか」
「……だめだ。不倫相手と思われる男だが、知る限り暴力団とかそういう連中ではなさそうだ」
「そうですか」
「車のナンバーを使って警察関係から情報を引き出したんだが、あの車のナンバーは都心に戻ってきてない。だから、加茂の奥さんはすくなくともあのクーペで帰ってきたわけじゃない」
「えっ? あの時間、都心へ向かう電車はなかったはず。あの車じゃなければ」
「君島、お前が家に帰ってくる所を見逃した、ってことはないのか?」
「ありえないです」
「言い切るか」
「ありえない。そこまで間抜けじゃありません」
俺は強い口調で言った。
そう、あり得ない。べったり玄関を見ていたのだ。本来やってはいけないぐらいに家の入口を注視していた。だから、加茂の奥さんは間違いなく俺より早く帰ってきていたはずだ。
「……だとすると、警察のNシステムの穴を使って戻ってきたことになる」
Nシステムは、主要道路に備え付けた装置で、車のナンバーを認識してどこを追加したという情報を記録するシステムだ。Nシステムにひっからないで帰ったとすると、高速じゃなく下道、しかも主要道路を避けていることになる。それで高速を使った俺よりも早く帰れる訳がない。
「それなら俺が奥さんが家に入るところを見れたはずです」
「だろう?」
伊藤さんはパソコンに表示させた地図画面を指さしながら言う。
「高速を使ってNシステムにかかるか、引っかからないとしたら、お前より遅く帰ってくるはず」
「……システムにひっからずに高速を走ることは? 制限速度の何倍も出した場合…… とか」
「何倍ものスピードだって? 空でも飛ぶなら可能かもな。普通に考えれは速度超過で捕まってしまうだろう。今は都心に戻っているかもしれないが、すくなくとも昨日奥さんを運んだのはそのクーペじゃない」
じゃなければ…… 俺が奥さんが家に入るところを見逃したかだ。
俺より早く戻るか、加茂の家を見ていない瞬間に入ったならそれはありえる。
確かに俺が車を駐車場に止めて加茂の家にもどるまでの時間もある。俺の真後ろに車がつけていたとしたら、そしてその車で奥さんを送ったならば俺が見ていないのも無理はない。
俺はすぐに車両につけていたカメラを確認した。
後方確認様にカメラがついている。通常は後退時に運転席横のモニターに後方の様子を映す為に使われるが、うちにある奴はドラレコと同様に走行中の画像も残っている。
俺は、加茂の家に向かうまでの間の映像を端から端までみた。
戻ってくるまでの間、映っていた車は十五台。こっちが追いかけていたクーペは一台もなかった。
クーペを追い越した、あるいは後で追い抜かれた、ということはなさそうだった。
加茂の奥さんが俺より早く家に着くには、その車とは違う手段で返った、ということしかありえなかった。
あるいは俺が運転している車の底にでもしがみついていたか……
だから、違う車に乗っていたと考えるのが正しかった。
俺はもっとその映像をじっくりみて、周辺を走行していた車の助手席、あるいは後部座席に、奥さんを載せていなかったかを確認した。
バック側に付けているカメラは角度もそうだが、そもそもの性能が悪く、見ていてもはっきりとわからない。
俺の車とほぼ同時に同じインターを降り、かなりクライアントの家の近くまで一緒に走っている車があるのだが、その車両には同乗者がいたようだ。
みるからに怪しいのだが、それが加茂の奥さんかどうかは、映像が酷くて認識できない。
たまたま一度、その車に追い越されてフロントのドライブレコーダー側に映っていた映像から、車のナンバーを書きとめる。
俺は、伊藤さんに言った。
「この車、加茂の奥さんが乗っていた可能性があるんですが」
伊藤さんも同じ映像を見て、うなずいた。
また、車のナンバーを警察のシステムで検索して、どこをどう走行していたのか確認してもらうことにした。