(6)
佐東さんに肩を叩かれる。
「あれだな」
「はい」
クーペが走りだすと、俺たちのワンボックスも後ろを追いかけ始めた。
「どこに向かうんでしょうか?」
俺は前方のクーペを追いながら言った。
「この近辺ならまずは高速に乗るかな」
夜中近くの為か、大通りにもかかわらず車はまばらで、かなりスピードが出ていた。
右折レーンがないところで、急に右に曲がろうとする車を避けるのに手間取り、目標の車と間隔が開いてしまった。
俺は焦って、アクセルを踏み込む。
「無理に飛ばすな。見通しはいい。変に間隔を一定にするのも怪しまれる」
「……はい」
佐東さんが目標の車を見てくれると信じ、俺はじっくりと追い上げる。
「高速に乗った。距離詰めるのは今だぞ」
「はい」
上り車線に入るか、下り車線に入るかが見えないとここで見失う。
懸命に飛ばして、ETCゲート近くで追いついた。
「下りだ」
「下りだな」
確かにすでに下り方向に進んでいるから、ここから上り側へ乗ると料金を無駄に払うことになる。
しかし、ここからさらに下り方向へ行くと、もう山しかない。山の地域の方が、ラブホには困らないだろうが……
本線へ合流すると、まったく車の流れがない。
しばらく同じ間隔で走っていると、目的の車の前に低速で走るトラックが現れた。
追い越し車線に完全に入るのを見てから、こちらも車線を変える。
しかし、目標のクーペは、こちらが後ろに入った途端に、急加速した。
「気づかれましたか?」
「一般車線に入って飛ばせ」
「?」
俺はとにかく言われた通りにした。
時間帯のせいで、どちらの車線もほとんど車がない。
何度か車線変更をしなければならないが、ロスタイムにはならない。
飛ばしているうち、目標のクーペに追いついた。
「なんだろう…… ただの気まぐれか」
何度か飛ばしたり、ゆっくり走ったりを繰り返し、湖の近くのインターチェンジで高速を降りた。
一般道に入ると『ご休憩』の看板が右に左に現れた。
「どこではいるかな。どこで入ったかだけ覚えて通り過ぎるんだぞ」
「はい」
俺は離れないように、近づきすぎなようにじっくりとクーペの後を追った。
ウインカーを出したか、と思った瞬間、左のラブホへ入っていった。
佐東さんがカメラを確認する。
「撮れた。ナンバープレートも…… なんとかわかる」
「ふぅ……」
「ほら、そこでUターンしろ」
「あっ、すみません」
俺はちいさなスペースでUターンしそこねた。
対向車線に遅いトラックが何台かつならり、後ろに一台車がついてきたため、Uターンできなくなっている。
「ど、どうしましょう」
「場所はわかっているんだから、じっくり待つしかない」
そのまましばらく道なりに進み、チェーン着脱所のスペースで素早くUターンした。
道を戻って、目標のクーペが入ったラブホへ右折する。
ラブホの建物の真下すべてが、周りから見えないような駐車場になっていた。
出入り口には暖簾のように目隠しがかかっている。
「ちょうど良かったかもな」
直後に追いかけるように入っては気づかれてしまうから、どのみちしばらく時間を空けるつもりだった。
「!」
駐車場入って、すぐに分かった。駐車場はがら空きで、目標のクーペが止まっていないのだ。
「マジか……」
佐東さんが指図する通り、ゆっくりと車を動かす。
端から端まで探したが…… やはり止まっていない。
「やられました」
「まて…… そこから逆側に抜けられるよな」
佐東さんは何考えているようだった。
「こっちも出来る限り後ろを見ていただから、さっきの国道にすぐ戻ったとは思えん。もしかしたら、そこから出たのかも」
「行ってみますか」
「それしかないな」
俺は、国道とは真反対に出る口に車を進め、ゆっくりと車を駐車場の外、つまり建物のそとへ出した。
従業員が使用するのか、小さなスペースに軽の車が1台とまっていて、あとは林に向かっている砂利道があるだけだった。
「あのクーペがこの砂利道を走りますかね……」
「いや、あそこ…… 車を少し左に向けてみろ」
車のライトが山道に伸びる。
小さな水たまりがあった。
「ほら、少し向こう側へ水が伸びている。こっちは乾いた色なのに」
「向こう、行ってみますか?」
「いや、車はラブホに置いていこう」
俺はそのまま車をバックさせ、ラブホの駐車場に車を止めた。
「何かの時に備えて、お前は待機してろ。俺を待たずにクーペがきたら追いかけろ」
「はい」
佐東さんは車を降りて、国道と反対側の出口から外へ出ていった。
俺はまた奥さんの画像SNSを見ていた。
変わった様子も写真の更新もない。
「当然か……」
本名でやっているのだ、万一旦那がみた場合、今、どこでこの写真を撮った、となりかねない。
『俺たちはハメられたのかもしれないな』
通知がきた。
『なんかあったんすか?』
『いや、なんとなくだ。俺が一時間たっても戻らなかったら、クーペがいなくてもターゲットの家に戻れ』
『置いていくんスか』
『車がなくとも、ちょっと下れば電車の駅があるから、朝になれば俺は帰れるさ。大丈夫だ。頼んだぞ』
『はい』
おそらく真っ暗な林の中でスマフォを操作すると目立ってしまうから、そっと隠して使ったに違いない。
俺は車の中でじっと待っていた。
顔が分からないようにギリギリ暗い駐車場のなか、車内一層暗かった。
「何か出そうだな」
迷信や妖怪の類は信じてはいなかったが、かと言って暗闇が平気なわけではなかった。
急に、トイレに行きたくなり、前の席に移った時、ドアのガラスを叩く音がした。