(5)
地面にはまだ湿った鳥の糞が落ちている。
「危なかった……」
もう一度、クライアントである加茂の家に視線を移すと、窓際に立っていたはずの奥さんの姿がない。
「!」
カチャリ、と音がしたかと思うと、玄関ドアがあく音がした。
……誰か出てくる。
俺は調査を終えた様なフリをして、カバンの中を整理する仕草をして待った。
玄関から、奥さんが出てきた。
しかし、エプロンをしたままで、バッグを持っているわけでもなかった。
外出ってわけじゃないのか。いや、この格好で買い物ぐらいはするだろうか。
俺は背後に回る様ようにカバンを下げてあるき出した。
奥さんは門を出ると、小走りして通りを進む。
俺は見失う、と思って早足で追いかける。
すると、奥さんは何かスマフォを出して、写真を撮ったようだった。
そしてそのまま踵を返した。
「!」
奥さんと目が合いそうだった。
ヘルメットに手を掛け、目を合わせないようにし、ゆっくりと歩いてすれ違った。
門を閉め、扉がカチャリ、と音を立てたのを聞いて、俺は大きく息を吐いた。
奥さんが、俺を探偵と意識していたかが重要だったが、顔は見られてしまったことには違いない。
スマフォを取り出して佐東さんにメッセージを入れ、交代するようにお願いした。
『ああ、その感じなら多分大丈夫だ。だが、交代しよう。一度見た姿が、まだいる、となれば警戒心を持たれる』
俺は電話をしているフリをして、しばらくその通りで監視を続け、道の反対側に佐東さんが入ったのを見て、駐車場へ返った。
『次の交代の時間を考えて、シールを剥がして、着替えておけ』
佐東さんのメッセージを読み、俺は車のシールを剥がし、中で服を着替えた。
スマフォは充電器につなぎ、佐東さんからの連絡を逃さない様に待っていた。
「?」
スマフォに通知が入っていた。
画像SNSだった。例の奥さんが入っているSNSだ。
なんだろう、画面が開くまでの間、どんな写真が貼られているのか、想像してみた。旦那のお弁当でもないし、さっきの調子なら、友達と遊んでいたわけもあるまい。
……と、画像が表示された。
「道路? また道路だ…… 確かに順番的にはそうくるか、という感じだけど。さっき取ったやつか」
写真SNSに時折アップされる、この道路の写真の意味はわからないままだった。
「これが奥さんのコレクション、だとでも?」
見ていると、その写真に『いいね』がついた。誰かがこれを見て、反応したということだ。
誰というところまでわからなかった。この写真SNSを運営している会社に電話でもして、いいね、を付けた相手を知りたい、と電話をかけてみれば教えてくれるだろうか、と考えてやめた。さすがに個人情報すぎる問題だ。これが電話の問い合わせで知られてしまうとしたら、誰もこの写真SNSは使わないだろう。もしかすると、奥さんのフォロワーを片っ端からこっちでフォローすれば、だれがこれに『いいね』したのかわかるかもしれない。
SNSシステム側から、すすめてくるメンバーを調べながら、奥さんをフォローしているものを調べ、そのユーザーをフォローしてみる。
そいつらの写真も、こんな奇妙な写真ばかりになるかもしれないな、と思いつつ見てみるが、特に変わったようすもない。
『君島、奥さんが買い物に出るようだ。駅方向に歩いているから交代してくれ』
俺はすぐに返信し、車を出て駅方向へ急いだ。
途中で、佐東さんを見つけ、その先にいる奥さんを見つけた。
『OKです』
『たのむ』
メッセージを交換すると、俺が奥さんを追い、佐東さんは再び車へと戻っていく。
奥さんは駅前のスーパーマーケットに入り、100均のフロアをブラブラした後、食料品のフロアにおりて、テキパキと買い物をつづけた。
俺は酒と酒のつまみ類をカゴにいれ、合わせて弁当やソフトドリンクも何本か入れた。
はたから見れば独身者の寂しい食事の買い物以外のなにものでもないだろう。
アルコール以外は、本当に佐東さんと俺とで分けて食べてしまうのだが。
奥さんは、会計を終えると、そのままどこへも立ち寄る様子なく、家の方向へ歩き出した。
視線を奥さんに向けないよう、ぼんやりと同じ方向に歩いている人間を装った。
『そのまま家に帰りそうです』
スマフォで佐東さんに連絡すると、『途中でまた入れ替わる』と返信が来た。
奥さんが家に入る直前で、佐東さんの姿を見つけると、俺は買い物袋を持ったまま、車のある方向へ去った。
そんな風にして、さらに何度か交代しながら、クライアントの奥さんの行動を見張った。
誰かが入っていくでもなく、誰と外であった様子もない。
クライアントである夫が家に帰ってくると、俺は少し緊張した。
昨日の話だと、クライアントが寝た後に外出している、と考えている。
ここをしっかり調査出来ないとクライアントが持っている疑念が晴れないのだ。
『旦那もこっちには気付いてないみたいだ』
佐東さんからメッセージが来た。
『まだ就寝時間には早いから、駐車場にそれらしい車がないか見てきてくれ』
俺は当初止める予定だった駐車場へ歩き、車の中で待機しているような人物がいないか、探した。
大きな駐車場ではないので、パッと見た感じで分かった。
白いワンボックスや、業者の使うワゴンタイプに交じって、一台だけクーペタイプの車が止まっている。
スマフォを見ながら自販機でコーヒーを買うふりをして、スマフォのカメラを使って録画する。
ナンバーと車種がわかるぐらいざっくり撮ったら、その場でコーヒーを開けて飲む。
車の中に人はいないようだ。
いや、一人、男がやってきた。
コーヒーを飲んでていて、気づかないふりをする。
クライアントや奥さんより一回りは若い。髪は少し長めだが、綺麗に撫で付けられている。
普段着だが、ちゃんと女うけを考えた服だ。男はそのまま駐車場へ入っていく。
俺はコーヒーをゴミ箱に入れながら、駐車場内の男の様子を追う。
やっぱりさっきのクーペタイプの車に乗り込んだ。
こっちで清算をしていないから、まだ車は出さないだろう。
男は車にのると、スマフォを操作しているらしくディスプレイの明かりで顔が照らされる。
『旦那、昨日の時間より早くご就寝のようだ。そっちはどうだ』
俺は駐車場を離れながら、スマフォを確認した。
『最初の止めようと思っていた駐車場に、それっぽい車がありました。男も乗っています』
『もう駐車場じゃなくても大丈夫だろう。車を回しておいてくれ』
いよいよ奥さんが浮気相手との逢瀬を楽しむのか、と思うと少し幻滅した。
まさかクライアントの想像の通り、奥さんが浮気しているとは思っていなかったからだ。
駐車場の料金を払うと、車を出して、クライアントの家の傍で停車させる。
大きな通りへ出る方を向けて停車していると、佐東さんからメッセージが入る。
『消えてた灯りがついた』
『さっきのクーペが通りすぎました』
俺は車を降りて、クーペの様子を確認する。
ハザードを出して止まっている。
『ビンゴっぽいな。奥さん出てきた。車は打ち合わせの場所に移動してるな?』
細い人影がそのクーペに近寄ったかと思うと、何も考えずに乗り込んだ。