(41)
俺がくることが分かって、ここに隠した、ということだろうか。
奥の和室の部屋の扉が閉まっている。
「幸子!」
いや、違う、和世さんのことを警察に通報しないと……
俺は壁に背中を預け、擦るようにして立ち上がった。
また脳貧血になりそうな状況を我慢しながら、机の上の電話をつかむ。
「助けて……」
電話をおき、奥の和室の方へ向かう。
いや、待て。
この奥にいるのが、幸子かどうか分からない。
このラブホの駐車場に入った時に幸子の声が聞こえたのは確かだ。だが、もしその時からずっとここにいたのだとしたら……最初の声はどれだけ叫んでいたのか、となる。
俺はドアに手をかけたまま固まったように動けなかった。
いや、当初はこっちか、廊下にいて、何者かから逃げてここに入ったのだとしたら?
「どうした?」
「助けて!」
「だから、どうしたんだ?」
幸子だとすればすぐこの後ろにいるはずなのに、俺はドアを開けれずにいた。
「テレビから」
和世のイタズラが脳裏によぎった。腰下まである長い髪をカツラを使って脅かしたイタズラの事だ。
「とにかく開けて! 開けられないの」
俺はドアを開けた。
暗い和室に幸子がいた。
俺はそれよりも、部屋の奥でアナログノイズを表示しているテレビに気がとられた。
「テ、テレビがついてる……」
幸子が俺の腕をつかんで来た。
「逃げよう。ここは危険だ。お前が友達だという加茂という女は、殺人鬼だぞ。ここにいたら、お前も」
「えっ、そんな……」
「何言ってんだ、早く逃げよう」
引っ張るように腕を引くが、幸子は動かない。
「だって、君島さん、さっき美樹に協力するって言ったじゃない」
「えっ?」
振り返ってもう一度じっくり幸子の顔を見た。
白い顔に笑みをたたえていた。そして、片手を背中に隠していた。
「今、何て言った?」
「美樹に『協力する』って言って出てきたんでしょう?」
引っ張ると、幸子は事務所側の明るい光にさらされた。
顔のあちこちに小さな赤い点が見える。
「幸子、まさか……」
俺は机のしたの死体を指さした。
幸子はうなずいた。
「裏切るなら、同じ目に合うわよ」
隠していた手を顔の前にもってくると、そこには血に染まった包丁が握られていた。
「ひっ」
俺は椅子を引き倒すと、机を飛び越して事務所の扉を飛び出した。
殺される。ここにいたら殺される。
後ろポケットを探すが、そこにスマフォはなかった。暗い通路と階段を下りきると、止めていた自転車に乗った。
「逃げきれないわよ」
そう言って幸子が階段をゆっくりおりてくる。
俺は一瞥すると、ラブホの駐車場を抜け出た。
国道へ曲がりそこねて、車にひかれそうになりながらも、転ばないようにこらえた。
ここからは下りだ。駅か、観光ホテルか、コンビニか、誰か人のいるところまで……
曲がり角で飛び出しそうになりながら、自転車を飛ばして坂を下る。
人がいそうな、明るい建物が見つからない。
駅の近くまで降りて、後ろをじっと見る。
「追ってこない?」
誰も追いかけてくるものはなかった。
俺はゆっくりと駅前のロータリーへ向かった。
交番があるはずだ、と思って周りを見渡すが、閉まった不動産屋や、レンタカー店は見えるが、交番がみあたらない。
「湖の方だったか」
俺はロータリーを一周すると湖の方へ向かった。
月が真上に上がっていて、道は明るかった。
こんな夜中なのに、一羽鳥が飛んでいるのが見えた。
俺はそのまま湖まで降りると、自転車を押しながら、あたりを探した。
交番があったはず。
駅になければ、こっちで見かけたはずだった。
しかしどこにも交番は見つからない。
明かりのついた建物がない。せめてホテルとか、人がいるのが確実なところさえあれば……
俺はまた自転車にまたがって、国道へ向かった。
すると、対向車線に見覚えのある軽トラックが走ってきた。
「あ、あれ、お婆さんの軽トラックだ」
近づいてくると、運転席に座っているのが、お婆さんではないことが分かった。
俺は自転車のペダルを全力で踏み込み、飛ばした。
軽トラの運転席には幸子がいた。
ぶつかるギリギリですり抜けると、国道をさらに坂下へ進んだ。
「なんでもいい、だれでもいいから!」
息が切れて苦しかったが、走るしかなかった。
車という車にすれ違わず、道の端に見えてきたのはコンビニの明かりだった。
後ろを見るが、軽トラが走ってくる様子がない。
気づいていたのだとしたら、いくならんでも追いつかれている。とにかく、コンビニに入って人を呼ばないと、十分遠い場所に行かないと、殺される。
ようやく、コンビニにつくと、自転車を倒すようにしており、そのまま中に入った。
しかし、店員がいない。
「誰か、誰か出てくれ」
反応がない。
「誰か、誰かいないのか?」
静寂。
妙だった。店内には新発売の商品の案内も、音楽もかかっていない。深夜だから? いや、何か違う。
慎重に店内をあるいていると、鳥の鳴き声がした。
「!」
一度外にでて、コンビニの天井や周りを見た。
取り立てて多くの鳥がいる様子もない。
もう一度中にはいる。客が入った時の呼び出し音が店内に響く。
だが、誰もレジに出てくる様子はない。
エンジン音が聞こえると、俺は駐車場の様子を隠れながらみた。
あの軽トラだった。
「バレているのか」
俺は身を低くして隠れるように店内を移動した。トイレがある。そこに隠れるしかない。




