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白い肌  作者: ゆずさくら


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(37)

 呼びかけている声を聞いて、加茂の奥さんが別荘の回りを探しているのかもしれない。

 ピピッ、と鳴くと、パタパタ、と羽ばたく音が右の視界に映った。

「鳥か……」

『どなた?』

 スマフォから声が聞こえた。

 同時に、映像が激しく動いて、白い肌の女性の顔が映し出された。調査中の加茂の奥さんだ、間違いなかった。

『あら、この別荘の外にいらっしゃるのね?』

「!」

 こっちの映像も見えているのだ、俺は慌ててインカメラを親指で抑えた。

『どうなさいましたか? 映像が見えなくなってしまいましたけれど』

 しまった。向こうはこっちの顔を見て誰かはわからないだろう。変にカメラを隠すことで怪しまれるかもしれない。

「……さ、幸子、幸子はどこにいる?」

 俺は直接別荘内に聞こえないよう、スマフォに向けて小さい声でしゃべった。

 旦那が、妻を探しているような雰囲気を出さなければならない。

『あっ、これは失礼しました。私、幸子の友人で美樹と申します』

「へぇ、あなたが……」

『あら、幸子、私のこと何か話していたのかしら』

「友人の別荘に行くと」

『……へぇ』

 加茂の奥さんは、手で口元を隠したが、明らかに笑っているようだった。

『おたずねしますが、あなた、どなたですか?』

 目じりが痙攣したようにピクついてしまった。

「幸子の夫だ」

 映っていた顔が消え、急にスマフォから大きな笑い声が聞こえた。

『面白いことおっしゃりますわね』

 再び顔が映った時、背筋に冷たいものを感じた。

『今日、幸子がこの別荘に来る時、夫と言う方を連れて来ておりましたが』

「……」

『意地悪はやめましょうね。私はあなたを知っています。コソコソと私のつけまわしている探偵社の人でしょ』

 映っていた映像が、インナーからアウトカメラに切り替わる。テーブルと、壁が映し出される。

『どうしても私に興味があるみたいね。下の湖でもなんか嗅ぎまわっているみたいだし』

 立ち上がったのか、歩き始めたのか、映像がガタガタと揺れる。

 ヤバい、と俺は思った。こっちに向かってくるつもりかもしれない。ゆっくりと足音を立てないように、別荘の壁から離れる。

 別荘の窓を通り越して、ラブホより奥に来てしまったことを後悔した。

 いや、窓から目撃されても、単にこの通話を切って、走って自転車に飛び乗ればいいのだ。この先に行けば湖まではほぼ下り。歩いては追いつけまい。

『逃げるんですか? 私の話は聞きたくないですか?』

 まるでどこからか見られているようだった。

 スマフォの映像はインカメラを指で押さえているから見えないはず。どこか別荘の窓から、直接こっちを確認しているんだろう。別荘側に振り向くが、窓際に人影は見つからない。

『お話をしようと思うんですよ。私達が何を行っているか。何故あなたの同僚の井上さんは帰らず、佐東さんは帰ったのか。あなたは何故生きているのか』

「えっ?」

 俺は思わず言葉を発してしまった。

 再び加茂の顔が映し出された。白い肌の、何も言葉を発しなければ、吸い込まれてしまうような魅力的な顔に見える。

 ただカメラを向いているだけの映像なのだろうが、加茂美樹のその目を見ていると、俺の行動がバレているように思えてしかたがない。

 真相が知りたい。だが、真相を知ろうとすれば殺されるかもしれない。警察に任せて逃げるべきなのか、ここで追及すべきなのか、迷っていた。

「お前が殺した、ただそれだけのことだ」

 俺は自転車へ向かって走った。

 別荘を振り返ると、窓際に加茂美樹が立ってこっちを見た。

『このまま去ってしまえば、一生真相はわからないわ。あなたは村上さんや長嶋さんの容疑者として佐東と一緒に警察に捕まり、その後裁判にかけられて、牢獄行き。残りの一生はパァ…… それでもいいのかしら』

 俺は立ち止まって、スマフォに向かって言った。

「警察に捕まるのはお前だ。お前が犯人なんだから」

『ふふ…… そうね。加茂美樹はそうなったらおしまいかもしれないわね』

 窓の内側に立ったままこっちをみて笑っている。

 俺はその笑い声に恐怖した。

『けれど、私が加茂美樹じゃないとしたら、どうかしら?』

 言葉の意味が分からなかった。

 加茂美樹、以外の何者でもないはずだ。他にこの別荘にいる人物、幸子? ラブホを利用しようと思ったけど、ここまで来てしまった通りがかりの男女? 和世さん? それともラブホのお婆さん? 

 一瞬、水をかけられたような気がした。

「!」

 片手で服を確かめるが、どこも濡れていない。しかし、冷たい感じがするし、寒い。

「げ、幻覚をみてるのか?」

 そして、本当は水をかけられたのに、手肌の感覚もすり替わって幻覚から覚めれないのだろうか。そこにお婆さんが立っているのに、見えていない。誰か俺の頭の中にいる幻影を見、聞き、その中で生き続けているのだろうか。

『幻覚? 幻覚だと思っているの? なら何も怖いことはないじゃない。こっちに来なさい』

 加茂は、窓を開けてベランダに一歩出ると、俺に向かって手招きした。

 判断できなかった。逃げる方にも足が動かず、加茂に近づこうという一歩も踏み出せない。俺はどうすればいいのか。

「幻覚なら怖いことはない」

『その通りですよ。幻覚は現実じゃないんだから』

「俺は今、寒さと恐怖を感じているとしたら、これは現実だということか?」

『さあ、私にとってはどちらでもいいことですから』

 別荘に入って、中の様子を見なければ。助かるものなら幸子と、不明の井上を助けないと……

 助ける、助ける、と何度も自分の足に向かっていいきかせる。

 スマフォのインカメラを押さえていた指がしびれてきた。

 俺は指を外して、一歩踏み出した。

『あら。お顔をみせていただけるなんて』

「今からそっちに行く」

 何か武器になるもの、せめて身を守れるものはないか、と周りを探した。

 なんでもいい、何かないか……

『どうしたんです? ベランダから入ってらしてもかまいませんよ』

 俺は時間を稼ぐために、玄関先へ向かった。

「玄関に回りますから、そっちを開けてください」

 テーブルにスマフォを置いたのだろう。相手の映像が、また天井と灯りだけになった。

 インカメラに指を置いて、必死に別荘の周りや、床下をのぞき込む。

 ナタや斧とは言わない。せめて棒状のものだけでもないのか。

 玄関でガチャリ、と鍵が解け、扉が開く音がした。

「探偵さん? どちら? まさか、ナタとか斧とかを探しているのかしら?」

 俺はその言葉にビクッと反応した。小声で自分の考えを話していたのだろうか、と思った。

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