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白い肌  作者: ゆずさくら


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(36)

 引っ張られたままに死体とは逆を向いて、俺はうつむいた。ただ、吐くまでには至らなかった。

「見て分かったと思うが、あれは自然に腐って白骨化したんじゃない。肉や内臓を削がれて、骨だけが残ったんだ」

「……」

 想像して気持ちが悪くなった。

 ホラー映画のように刃物を持って、仮面をつけた男が、猟奇的な殺人を犯す。そんなイメージだった。

「お前はそういう趣味があるのか?」

 俺は首を振った。

「違う。なんで俺がやったみたいになってるんだ。考えただけでも気持ちが悪くなるっていうのに」

 一木は腕を組み、右手で自らの顎の先をなでている。何か言葉を選んでいるのか、考えているのか。

「やってませんから、信じて下さい」

「……」

「あっちの別荘は調べてないんですか?」

「別荘にについては、今さっき、お前からの証言があっただけだ。車があの別荘の駐車場から落ちた、かどうかはこれからの調査になる。もっとも、数年前、別件で調べたことがある。床が抜けているぐらいで、オーナーや奥さんにはなんら変わったことはない……」

「その時の捜査内容を見せてもらえませんか?」

「見せるとおもうのか?」

 首を振って、手を広げた。

「いいえ」

「その通りだ」

 別荘の方をじっとみた。

 あそこに幸子がいるのだ。あの高さからなら、ここで警察が何をしているかはわかるはずだ。もし、加茂美樹が犯人だったとして、幸子は無事でいられるだろうか。何か別荘の中で事件の真相に関わる何か見つけてしまった場合、そのまま返してもらえるだろうか。

「俺はまだここにいなきゃならんですかね?」

「長嶋あつしの話はしてもらいたいんだがな」

 俺はとにかく、自分の見た真実を話し続けた。

 最終的に、井上が運転していない、と気づいたのは加茂の家の近くの駐車場であったことも、そのまま自分の感じたままを、そのまま伝えた。その後、何度かこの近辺に来た時に幻覚を見ていることも。

「幻覚ってか…… 安易な言葉だな。このままお前に令状を出して、調べ上げたいぐらいだ」

「いいですかね。もうここを出ても」

「ふん…… まあ、今のところはこっちもどうしようもないんだ」

 一木は、軽く手で招くような仕草をする。俺はその後をついて、捜査現場のブルーシートから外に出る。

「それじゃ。何かわかったら連絡しますよ。よかったら連絡先を教えてくれませんか」

「……ああ、じゃあ、この番号に」

 一木は、スマフォをこっちに向けて見せた。俺はそのまま撮影して保存した。

「逃亡しようなんて気を起こすなよ。逃げられないんだから、罪が重くなるだけだ」

「……」

 俺は振り返らずに、観光用のレンタル自転車屋を目指した。

 駅のレンタカーが借りれないなら、自転車で移動しよう、と思ったのだ。

 自転車を借りて、湖を周囲から離れると、すぐに自転車を借りたことを後悔した。

 湖から別荘やラブホのある場所まではずっと坂なのだ。

 俺は結局、何十メートルも上らないうちに自転車をおりて押していた。

 道を上り切って、起伏が減ってきたところでまた自転車にまたがった。

 車で十分やそこらでつくところを、小一時間かかってしまった。

 ラブホの駐車場に入り、そのまま自転車で抜けると、今度は山道を走った。坂はなかったが、砂利やわだち、舗装されていない道を観光用のレンタル自転車で走るのは難しかった。それでも、別荘の近くまでは自転車をつかった。

 これ以上行くと別荘から見えてしまう、というあたりで自転車をおりて、道の脇に置く。

 木の幹に隠れるようにして、スマフォを開く。

『幸子、まださっきのところにいるのか?』

 既読になるのを待つ。

 ちらちらと別荘側を見るが、何も動きはない。そうやっているうち、既読がつくが、今度は返事がこない。

 幸子が別荘にいるとして、中の様子が知りたかった。幸子に、スマフォのライブカメラ通話機能を使わせたかった。

「たしか、これ」

 俺はメッセージアプリのアイコンを選択して、メッセージに付け加えた。

 幸子がメッセージをタップすれば、こっちとのライブカメラ通話が始まる。

 何度か別荘側をチラチラ見るが、いっこうにライブカメラ通話も始まらないし、返信も来ない。

 俺は我慢できなくなって、木々に隠れながら別荘に近づいた。

 別荘の大きな窓から、中が見えていた。

 俺は大胆に別荘の壁に走り寄り、その窓の左右から中を覗き込んだ。しかし、中に人の気配がしない。

「幸子!」

 もし加茂美樹がここにいるのだとしたら、幸子が危ない。下の湖で見たように、殺されて、肉を削がれてしまうかもしれない。

 別荘はガタンとか、窓を開けるような反応もない。本当に人がいないのか、俺はそう思い始めていた。

 俺は、ふーっ、と、大きくため息をついた。

 別荘の壁に背中をあずけて、スマフォの画面を開いた。

「……」

 メッセージアプリが、ライブカメラ通話の状態になっていた。

 ほぼ真っ白な壁面に、照明器具がついていた。

「なんだろう」

 考えているうち、その映像はスマフォをテーブルに置いたまま、天井を映している状態ではないかと考えた。

 ぶるっと、全身に震えが走った。これは自分の背中を預けている別荘の中の風景。声を立てれば直接音が聞こえてしまうような、そんな位置だ。俺は呼吸音も立てないように、ゆっくり息をして画面を見つめた。

 いや、本当に別荘の中、だろうか。さっき『幸子』と呼んでみても、答えも、いるかもしれない加茂の反応もなかった。だとすると、これが別荘の中以外の映像かもしれなかった。

 とにかく、誰も気が付かないうちに指が触れて通話状態になっているのだとしたら、呼びかければ誰かが気づくかも知れない。

「幸子?」

 小さな声で呼びかけた。

 沈黙。

 何も音は返ってこない。

 陽が傾いてきたのか、山に隠れたのか、辺りは暗くなってきて少し気温も下がったように思える。

「幸子」

 耳を澄ますが、室内の音らしきものは聞こえない。

 いや……

 今、生で聞こえる鳥の声が、少し遅れて聞こえる。

 つまり…… この背中の建物、別荘の中の映像なのだ。

 ふいに寒気がした。

 中に誰もいない訳じゃない。このライブカメラ通話が始まったのがその証拠だ。

 だとしたらどういうことだ? 外から直接『幸子』と呼んだのに。

 中にいる人間が幸子だったら出てきて問題はない。ということは、中には幸子はいないのだ。けれど、幸子のスマフォがある。それが意味することは……

 右横に何かの気配を感じた。

 しかし、音を立てないように、と思うばかりで、右のその気配に顔を向けることが出来ない。

 正面のスマフォの映像から目を離せず、ぼんやりと視野の端に何かが映っている。

 俺は恐怖で足が震えた。

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