(30)
俺のせいじゃなく、悪意のある何者かの手によるものだ、と証明すればいいのだ。
机の中にあった小型のカメラ装置をバッグに入れると、オフィスを出た。
「(まずは、佐東さんに会おう)」
オフィスを出ると、佐東さんの自宅へ電話をかけた。
奥さんが出た。
「あの、君島と申しますが」
『……君島、って』
声が遠くなる。
切られる、と思った俺は慌てて言葉をつないだ。
「会社から何を聞いているかわかりませんが、私は……」
『会社からは、あなたが孝明を放って帰ったときいています。あなたの言い分を聞く気はありません』
「お願いです。切らないでください、佐東さんと話させてください」
『電話に出れる状態じゃないんです』
歩きながら電話をつづける。
「危篤とか、そういう状態ではないと。歩いて帰ってきたと聞いています。私なら何か分かるかもしれません。合わせてください」
通りの騒音がうるさかった。
俺は建物の柱の陰を探して入った。
『……孝明が、あなたに会いたくないと言っています』
奥さんが合わせたくない理由を必死に考えて、はったりをかましてでも会わなければならない、と思った。
「うそでしょ。そんなこと言わないですよね。だってさっき、スマフォでは……」
『スマフォ? あなたこそウソを言わないでください』
電話の向こうで、奥さんが佐東さんを呼びつけている声が聞こえる。
まるで子供を叱るような感じだ。
『さわってないよ、言われた通りにしてるよ』
小さい声だが、佐東さんの声だった。
『今、君島という男が、スマフォでメッセージを見たようなことを』
受話器の口を時々隠すのか、ガサガサ音がする。
『電源もいれてないよ』
佐東さんがそう言うのが聞こえた。
『あなたウソ言っているでしょ。だからもう会わないんです! 切りますよ』
「医者に行っても謎は解けませんよ」
なんの裏打ちもない、完全なハッタリだった。
今日医者に行く、という情報は伊藤さんから聞いていた。それだけだった。
『……なんですって』
「佐東さん、明らかに様子がおかしいじゃないですか。そのことですよ」
『湖で何があったんですか?』
「まず、会社から聞いている話と真実が違っていると思います。病院に行くなら行ってください。その後で会えませんか。佐東さんに直接会わないと……」
『待って。そしたら、午後一時、大学病院の近くにあるカフェに来てください。場所は孝明のスマフォから連絡します』
「ありがとうございます。連絡待っています」
通話を切って、大学病院への乗り換えを調べた。まだ十分に時間はある。
オフィスに電話をかけた。
「君島です。佐々木さんいますか?」
停職中とは言え、おなじ会社の仲間だ。すんなり取り次いでくれた。
『佐々木です』
「あのさ、この前の別荘のオーナーだけど」
『……答えられません。伊藤さんがさっき指示してます』
「ありがとう」
俺は通話を切ると、近くのチェーンの喫茶店に入り、スマフォでオフィスの端末に接続する。
これは規制していないだろう、と思ったのだ。
『接続しています……』
くるくると回る。
いつも遅いからな、つながった。
俺はいそいでデータを閲覧し、スクリーンショットをとっては、ページをめくり、別のファイルを開いた。
いくつかのファイルを開いたところで、警告アイコンとともにメッセージが表示された。
『ホストから切断されました』
「ちっ!」
感づかれたか、と俺は思った。
念のため、もう一度アクセスを試みるが入れない。
とりあえず取ったスクリーンショットを見返してみる。
加茂の携帯電話の番号がある。
非通知でかけてみる。
「出ないか……」
おそらく勤務中の加茂が、番号非通知の相手に出るとは思えなかった。
ガラケーを使って、今度は番号を通知してかけてみる。
しばらくコール音が続く。
どこか電話出来る場所をさがしているのだろう、と予想する。
『もしもし』
「探偵社ですが」
『……』
「緊急で確認したいことがありまして」
つづけて湖の別荘の住所を言う。
「これ、加茂さんの所有で間違いないですね」
『ああそうだ。まさか、妻がそこにいるというのか?』
「勤務中にすみませんでした」
『ちょっと、妻を、妻を救って……』
切ろうとした時、何かを訴えるようにそう言っていた。『救う?』ってどういうことだ。
しかし、これで確認が取れた。住宅地図上でもあそこの別荘は『加茂』表記だ。別荘は加茂の所有で間違いない。ガラケーに着信が入る。加茂の電話番号だ。
俺は携帯の電源を切る。
これで今日でも明日でも、あそこの別荘に加茂が入れば中の様子が分かるだろう。
あの別荘に事件性があるのかないのか、これでわかる。
スマフォを見ると、幸子からメッセージが入っていた。
『会えない?』
今までの能天気な感じがしない。シンプルなメッセージ。以前の明るい感じと対比して、深刻な雰囲気さえ感じる。
とりあえず返事は保留して、スクショの内容を紙に書き残す作業を始めた。
あらかた書き留めたら、佐東さんに会う為に大学病院へ向かった。
電車に乗っていると、佐東さんのスマフォから待ち合わせ場所の連絡が入る。
『この場所にあるカフェにきてください。座る場所は…… 孝明もいますからわかりますね』
佐東さん本人はスマフォを使わないのだろうか。
俺は佐東さんの指輪をした腕が見つかった、という話を思い出した。
「まさか、腕を切断してしまった?」
肘から先のない姿を想像して、怖くなった。
電車を降りて、大学病院の方へ歩いていく。
スマフォの位置情報から、指定のカフェを見つけると四人席をキープした。
佐東さんのアカウントにメッセージを返す。
『席確保しました。入り口からみえると思います』




