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白い肌  作者: ゆずさくら


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(29)

「大丈夫ですよ」

 立ち上がろうとすると、足がしびれたようになって力が入らない。

「あれ?」

「肩をかしますから、車まで頑張ってください」

 和世さんに肩をかりて車まで行き、運転してもらってレンタカー店へ向かった。

 もうあたりは真っ暗になっていた。

「本当に心療内科に行ってください。あなたおかしいですよ。もう頼まれても映像も見せられませんし、手伝いもしません」

 自分がまともだと思っていた俺は、冷静なその言葉にショックを受けた。

「すみません。本当にご迷惑をおかけしました」

 レンタカーを返すと、レンタカー店はそのまま業務を終了した。

 折り返すため停車していた電車に乗って、俺は家へ向かった。


 翌朝、オフィスに出勤すると伊藤さんに『会議だ』と呼び出された。

 俺が会議室に入ると、社長から部長から会議室の全員が、一斉に俺を見た。

「君島くん。そこに座って。じゃ伊藤くん、はじめて」

 伊藤さんがホワイトボードの横に立ち、説明を始めた。

 俺は座ってそのホワイトボードの内容をざっと眺める。

 佐東さんの失踪、井上の失踪、佐東さんが戻ってきた、ということが上部に時系列に書かれている。

 そして、地図上の行き来の話を下に書いている。

「加茂様の浮気調査において、二名の行方不明者、うち一人は昨日連絡があって見つかりましたが、行方不明となっている気です」

 伊藤さんが、坦々と事実を説明していく。

 話の折々で、俺の方を見てくるのが分かる。

 佐東さんが行方不明なった内容の説明を終えると、部長がたずねる。

「なぜ佐東くんを徹底的に探さなかったのかね? 彼の身に危険が及んでいる、ということは考えなかったのかね?」

「考えましたが…… 調査に影響することもありますし、佐東さんの言いつけもあり、そちらを優先しました」

「それでもだ。命に関わる場合は優先度が違うだろう」

 確かに、今言われればその通りだ。

「……その時は、危険だとの判断はできませんでした。調査対象に尾行しているのを教えるようなことになってしまいます」

「伊藤くん。井上くんの説明を」

 またホワイトボードのわきで伊藤さんが事実を読み上げていく。

 調査対象の自宅へ戻ってきてから、井上がいないことに気付くあたりで、会議室全体がざわついた。

 部長は怪訝そうな顔をしてこちらを見た。

 説明が終わると、伊藤さんは頭を下げて、椅子に座った。

「君島くん。君、幻覚を見たというがね…… 幻覚をみたような状態で湖から都心まで車を運転できるとは思えないな」

 社長も同意するように首を縦にふる。

「佐東くんが行方不明になったのはギリギリ納得したとして、井上くんの話はとてもじゃないが信用に足らない」

 確かに、井上が運転していた、と思っていたのに、ドライブレコーダーの逆向き映像には、自分しか映っていなかった。

「幻覚をみるような、薬物を使用したことは?」

「夜の張り込みがきついからって、そういう薬物は……」

 確かに昨日も幻覚をみたようだ。

 しかし、断じて薬物はやっていない。

 ……やっていないか?

 本当に?

「探偵社だと、そういう関係の者とも関わりができるんだろう?」

 あなただって探偵社の人間じゃないか。

 これは俺を悪者にしようという目的の会議だ。

 俺は腹を立てていた。

「佐東や井上から何を奪おうとしていた? 金か?」

「ちょっと待ってください。なんで俺が犯人のような言い方をするんですか?」

「客観的に考えて、君が井上くんをどうにかしたとしか思えんだろう。違うかね?」

「君も知っているだろうが、捕まるより自首するほうが裁判での心証はよくなるぞ」

「……」

 何かが、おかしい。

 伊藤さんに自分の身の潔白は自分で証明しろとばかりに、GPSをつけさせられ、加茂の調査からはずされ、すっと佐東さんや井上のことを調べていたのに、会社は急に俺を犯人扱いしている。

 誰かが俺をハメようとしているのだろうか。

 だとしたら…… 誰がそんなことを?

 俺は思い当たる人物がいなかった。

 佐東さん、行方不明から戻ってきた佐東さんから話を聞きたい。

 一体何があったのか……

「会社の規定に照らしてみると」

 伊藤さんが何か書類を読み上げた。

「少なくとも一週間以上の停職には相当します」

「その間に君島くんの処分を考えよう」

 立ち上がった部長は続ける。

「処分決定次第連絡する。伊藤くん、例の書類は渡しておいてくれ」

 全員の視線が集まる。

「立って」

 言われるがまま、俺は立ち上がる。

「以上だ」

 以上、と言われてどうしていいかわからなくなった。

「出ていきたまえ」

「……失礼します」

 俺は叩くような勢いで扉を開け、会議室を飛び出した。

 クビか、佐東さんや井上を行方不明にした責任か。

 そんなバカな。俺はずっと……

「君島」

 俺が振り返ると、伊藤さんが立っていた。

 手に持っていた封筒を突き出すので、それを受け取った。

「書類が入っている。退職にあたっての義務やら権利やらが書いてある。読んでおくのと、最後のところに署名をしておいてくれ。クビではなく自主退職の方が有利だ。上の決定の前に辞めたほうがいい」

「……そんな。俺はどうすれば?」

「佐東は自分でいなくなっているが、井上の件がまずかったな。一人で車を運転してきて、井上が運転していた、はないだろうよ」

「……けど!」

「もう俺にも守れない。最後は自主退職するか、懲戒免職になるかの違いぐらいしかない。すこしばかり猶予をもらったから、署名して辞職願いを書いてこい」

 もうどうにもならないのだ。

 話をきく段階ではない、そういうことだ。

 俺は恨むような顔で伊藤さんをみた。だからどうなるわけでもないことはわかっていた。

 目をとじて、踵を返すとオフィスに戻った。

 とにかく、あの別荘にある何か、佐東さんが行方不明になった謎に近づければ、俺の無実と免職の件を取り消してもらえるにちがいない、取り消せなくとも何か裁判を起こすことができるかもしれない。

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