(26)
「この事務所の忘年会で、余興の為に買ったんですけど、高かったんで使う機会を探してたんです。ごめんなさい。あんなに驚くとは思わなかったから」
「……」
俺はそっとノートパソコンを開いて、映像の続きを見た。
日付を見ると、佐東さんと加茂の家を見張り始めた前日だった。
操作して映像を先に進める。
ゆっくりとカップを持って口に近づける。
かなり熱そうだったので、そのまま机に戻す。
映像は車のライトが流れ、消えると、人が映る、人が戻る、車が出て行く、という感じだ。
連続した動画のように記録されていないようで、かなり間引かれて紙芝居のように見える。
俺はスマフォを操作して佐東さんが消えた時間を調べた。
「(あれ……)」
さっき佐東さんが帰ってきたと言った。それなのに、まだこのメッセージは『既読』になっていない。単純にスマフォを無くしただけなのかもしれないし、まだそんなことする状況でもないのかもしれないが。
ノートパソコンの映像でその時間帯を映像の再生を始める。
「あっ……」
「どうしました」
「いえ、なんでもないです……」
和世さんがこっちに来ようとするのを止めさせた。
加茂の奥さんを乗せたクーペが駐車場に入ってくる。
全くスペースに止める気配もないまま、素通りする。
もう一度再生して、画面をスマフォで記録する。
ナンバーまでバッチリ、とはいかないがこの時間帯でこの車、そして通り抜けていったのなら、間違いないだろう。
その後に俺の運転したワンボックスが入ってくる。
想定の通りだ。
その間、クーペが逆方向へ抜けていった訳ではない。
もし警察のシステムをすり抜けてあのクーペが都心に帰っているとするなら、俺たちより後に戻ったことになる。だとすれば、加茂の奥さんはどうやって戻った?
その後の映像もじっくりと確認する。映像自体が荒い為、現実より早いペースで再生が進む。
「あっ」
映像を見て、思わず俺は声を出した。
車ではなく、加茂の奥さんは歩いてこの駐車場を抜けていったのだ。
再度再生し、スマフォで記録する。
後ろ姿ではあるが、服装も家を出ていったときのものだ。
時刻を考えると、この時点では電車は動き出していない。
しかし、車をどこかで調達できれば間に合う時間ではある。
「(すくなくとも帰れなくはない、のか)」
レンタカーを借りる場所までいければ、と思うが、かなりのアップダウンがある。
車で行けば二十分から三十分かもしれないが、普通に歩けば四五倍はかかってしまう。四倍だとして80分。ジェット機でも使わなければ、俺達の車を追い越すことはないだろう。それに駅前のレンタカー店の営業時間も、終わってしまっている。自力で戻るのはほぼ無理だ。
しかし、国道で車が待っているとかなら別だ、いや、その可能性しか残っていない。
「和世さん、国道側にはカメラありませんか?」
プラスチックケースに入れた図面を取り出し、眺めながら言う。
「国道側を向いたカメラはないですね」
「そうですか」
その方向のカメラがない、ということは可能性がつぶれたわけではないのだ。
俺はそう、前向きに考えることにした。
そして、別の日、井上が消えた日の映像を探した。
通り過ぎていく遊び系ワンボックス。
その後に体を屈めて俺がそっと駐車場を抜けていく映像が確認できた。
なんて間抜けなんだ……
そしてその後しばらくなにもなく、俺がスマフォのライトをつけたまま国道へ抜けていく映像がうつる。
またしばらくすると、加茂の奥さんが…… 駐車場を通り過ぎる。
その映像にぞっとするものがあった。
「(もしかして……)」
俺は、動画再生のウィンドウを開いて、一週間前に加茂の奥さんが通りすぎた映像と、今見ていた映像を同時に再生した。
機械があるいているかのようにルートやテンポが一致する。
まるで何か、人ではないものの動きに見えてくる。
まるでルーティンをこなしているような、そんな動きだった。
何度もここを使っている、そういうことなのだ。
まるで浮気相手を運んできてしまうような……
「そうだ、思い出した」
「!」
俺が立ち上がると、つられて和世さんも立ち上がる。
「どうしましたか? 幻覚でも見えますか?」
「大丈夫です、あの、もし幻覚見えてたら、幻覚見えてるひとにそんな風に話しかけても無駄ですよ」
「そうですかね? そうは思いませんが」
俺は慌ててスマフォを取り出す。
ここでは和世さんに聞かれてしまう、俺は廊下に出ようとしたが、お婆さんに止められる。
「客が来とるから出んといて」
和世さんが、腕を引っ張る。
「和室でかけてください」
俺は靴を脱いで、奇妙な井戸の映像を表示したまま止まっている和室へ上がった。
「閉めますね」
どことなく和世さんが笑った気がした。
俺はスマフォでワンボックスのオーナーの方へ電話を掛けた。
『おかけになった電話番号は電波の届かないところか、電源が……』
クーペのオーナーも同様だったと言っていた。
俺はそのままオフィスに電話した。
「あ、君島です。佐々木さん? ちょうどよかった」
俺は失踪届が出ているのか、どうかが気になって、調べられないか確認した。
『一応、やってみてはもらってますけど…… まだ回答はないですね』
「そう。ありがとう。何かあったら教えて」
通話を切った。
結局、両方の車のオーナーは電話に出ない。
出ないどころか、携帯は圏外だ。そんなに長期に圏外に居続けることはあるまい。
そして、奥さんは一人でこの駐車場を通過していることから考えて、浮気相手はこの山道の奥で……
キィ、っと妙な音がテレビから流れた。
また、何か始めるつもりだろうか。
俺は靴を履いて閉まっている扉を開けようとノブを回した。
「?」
こちら側に鍵をかける機構がついている。つまり、外側の和世さんがカギをかけたわけではなかった。
もう一度ノブを回し、ドアを押したり引いたりするが、動かない。
また、キィっと金属がこすれるような音がする。
扉を叩いて、俺は言った。
「和世さん、開けてください。もう電話終わりました」
耳を扉にあて、何か聞こえないか待ってみる。
何も聞こえない。




