(24)
「ありがとう。ちょっと和世さんに伝えなきゃいけないことがあったんだ」
「ちょっとまっててください」
そう言うスマフォを耳に当てて、裏へ下がっていった。
扉を通して、結構声が聞こえてくる。
どうやら気にしていないらしく、会えそうな雰囲気だった。
レンタカー屋の店員が出てくると、小さく微笑んだ。
「和世、会うみたいですよ。ただ、今勤務中だって」
「あ、あそこのラブホ?」
「そうです。休憩時間ならって」
「ありがとう。じゃあ、行ってみます…… と、車を借りないと」
笑いながら書類を用意してくれた。
車は昨日と同じ車だった。
説明は省略してもらって、俺は車に乗り込んだ。
駅のロータリーを抜けると、国道をラブホに向かって進んだ。
ラブホの駐車場に入れると、俺はスマフォを確認した。
「ん?」
伊藤さんからメッセージが来ていた。
「めずらしいな」
俺はアプリを開くと、伊藤さんの書き込みをみた。
『佐東が家に戻ったそうだ。奥さんから連絡が入った。まだ、細かい状況はわからん』
見つかった腕はどうしたんだ? 指輪が付けられていたと言っていた。奥さんはその指輪を確認したはずだ。
俺は何を返していいのか分からなくなっていた。
何があったのか聞きたい。会って話がしたい。
『無事なんですか? 明日とか佐東さんと会えるんですか?』
『奥さんは明日病院に連れていく、と言っている。俺もまだ直接本人と話できていない』
どういうことだ、病院に行くってことは、例えば指輪がついていた腕がない、とかなのだろうか。
いや、そんな怪我ならすぐにでも病院に行くだろう。
今日まだ時間があるのに明日病院に行くという状況は……
コンコン、と車の窓ガラスを叩かれた。
俺はパッとその方向を見た。
赤黒くもやもやしたところに、ぼんやりと人の顔が浮かんでる。
「ひっ……」
またあの時nように、ゾンビの幻覚が起きたのか、あるいはゾンビの夢を見ているのか……
体が固まったようになって、動かない。
いや、ちがう。
気持ちが落ち着くと、見えていたものが自分の姿であることに気づく。
コンコン、とまた音がする。
今度は本当に人の顔だった。
「君島さんですね?」
「!」
その顔は、和世さんだった。
俺は窓を開けた。
「大丈夫ですか? ものすごく怯えてますけど」
「大丈夫です」
「私に何かようがあるとか」
「そうなんです」
俺はこのラブホの駐車場の監視カメラ映像が見たかった。
加茂の奥さんか、佐東さん、井上、誰でもいい、ここを通過したのだ、という証が欲しかったのだ。
俺はドアを開けて、上を指さした。
「そこで話したいんです」
「イヤです」
「へ?」
「私は結婚してからじゃないとそういうことしないって決めてるんで」
俺は困惑した。
両手を広げて、誤解だ、そういう意味じゃない、というポーズをした。
「いや、そうじゃなくて。ここの事務所で話せませんか?」
「だって。あなたが、ここって指さしたところは客室ですから」
俺は天井をちらっと見た。
「ごめんなさい。そういう構造だってしらなくて」
「そうですか。事務所だったら今誰もいませんからいいですよ」
和世さんはスタスタと歩き始めた。
結婚してからじゃないとそういう行為は、ということは……
「あの、さっき言ったことは忘れてください」
今まさに考えていたところなのに。エスパーかなにかなのか。
階段を上がると、壁紙で綺麗に隠してある扉があり、そこに鍵をさして開けた。
「さあ、どうぞ」
机が二つ向かい合わせに配置してあり、奥に畳の部屋がある。どうやらその畳の部屋は仮眠をとるためのもののようだ。右手のドアを抜けるとフロントのようだった。
「どうぞ」
和世さんが奥側の机に座ると、俺は反対側の机に座るように言われた。
「椅子がそこしかないもので」
机は書類立てがあって、お互いの顔が良く見えない。
椅子の位置をずらし、和世さんの顔を見て言う。
「お願い事というのは……」
「昨日言い出すかと思ってましたけど」
この娘はエスパーか何かか? 俺は割り込まれて話すのを待った。
「えっと、まだ何も言ってません」
「駐車場のカメラ」
「……はい?」
和世さんは立ち上がって、俺の席に置いてあるパソコンと、ケースに入っているDVDを指さした。
DVDには日付と『駐車場』と『-(ハイフン)』と番号が書かれていた。
「行方不明になった方って、確か探偵社かなにか、調査をしていたと聞きました」
「なんで俺がそれだって?」
「腕のGPSバンド」
これに気付くって……
「私、本が好きで、ミステリーも読むんです。今時スマフォじゃなくてGPSを付けてる人なんて」
「いいんですか?」
「人が行方不明になっているんですから、そういう時はしかたないんじゃないですか」
和世さんは椅子に座って向こうを向いた。
「ありがとう」
そう言うと、俺はさっそくパソコンを開き、電源を入れた。
アカウントもパスワードも付箋で貼ってあった。
ディスクを取り出し、再生する。
アナログ放送のビデオのように、細切れの横線が無作為に表示された。
映像が始まる前、ということか。
映像が整うと、落ち葉いっぱい地面に、屋根のない井戸があった。
奥は林、井戸は滑車も何もない。
金属性の鎖でぶら下がったブランコが行き来するように、キーキーと高い音が聞こえる。
「なんです? これ?」
和世さんは向こうを向いたままだった。




