(23)
「あの、具体的に特定の物件に目を付けているんです。えっと…… ほら、ここ。湖のここにある別荘。これ、知ってますよね?」
「……お前、人を探しているだろう」
睨みつけるような目で、こっちを見た。
何か知っている。
ハッタリでもウソを貫かなければ、探偵社の者であることがバレてしまう。
「違いますよ。物件を探しているだけです」
「だとしても、お前に売る物件はない。帰れ。ほら、うちは五時上がりなんだよ」
扉を開けて、あごで出ていくように指図された。
ここでこじらせても特はない、と思い俺は黙って従った。
「また来ます。その時はよろしくおねがいします」
頭を深く下げ、十五、六数えて顔をあげると、不動産屋のおじさんは扉の鍵をしめ、ロールカーテンをおろしていた。
昼から調査したが、佐東さんや井上のゆくえに関する手がかりは全く得られなかった。
この場所から姿を消している、だからここを調査するべきだと思っていたのだが、もしかするとそこが間違っているのかもしれない。俺は帰りの電車の中でずっと考えていた。
家の近くの駅を通過し、俺はそのままオフィスに行くことにした。
佐東さんと井上にかかわることなのだから、仲間の力を借りてもいいだろう。たぶん、伊藤さんもそのつもりで俺に調べさせているのだ。
オフィスにつくと、別荘の住所を住宅地図で調べた。
載っていることなど期待していなかったが、意外にもそこには苗字の記載があった。
「加茂…… 加茂、なのか?」
偶然の一致とは思えなかった。これが佐藤や鈴木ならばまだ違っていただろう。
後ろに伊藤さんが立っていた。
「加茂? 別荘か?」
「そう、かも知れません」
「調べさせよう。後は何かわかったか?」
俺はこの別荘で事故が起こっていることを言った。
そこで何らかの事故に巻き込まれた、としたら…… すくなくとも、佐東さんについては、説明がつきそうだ。
「しかし、佐東も井上も、何もないのに他人の家に入ったりしないだろう」
「けど、これが加茂の別荘で、加茂の奥さんが出入りしたのだとしたら」
伊藤さんはあごに手をあて、ゆっくりと間をおいた。
「佐東はそれで説明がつく。井上はこの別荘にいくとして、お前の目の前を通っていくとか、林を直接抜けていかなければならんだろう」
地図上で車を止めていた付近と、別荘を交互に指さしながらそう言った。
もっともな考えだった。
「車を止めていた地点で、井上に何かあったのだとしたら、加茂の奥さんにこちらの張り込みがばれていたことになる」
「そんな失敗はしていない…… はずです」
「そうか…… 加茂と奥さんが協力していた、とかなら?」
「そんな!」
加茂がうちの探偵社に恨みを持っている人物だとしたら…… 初めからつけてくるのが分かっていれば、俺たちを見つけるのはたやすいだろう。旦那である加茂が、ターゲットである奥さんを追っている俺たちを尾行してきたとしたら……
「……しかし、どうだ。そう考えれば、なくはない、だろう」
「いや、それに違いないです。早くこの別荘の持ち主を確かめましょう」
「持ち主は調べるさ。他はないのか」
「いまのところ」
伊藤さんは腕を組んだ。
「分かった。もう少し続けてくれ」
「はい」
伊藤さんはオフィスの奥へ戻っていった。
俺はもう少しだけ湖のあたりを調べてみなければならないと思っていた。
佐東さんと井上だけでなく、最初の浮気相手と思われる男、二番目の浮気相手と予想される人物だった。
どちらも奥さんを載せて帰るところをどちらも目撃していない。
調査の最初に浮気相手の乗っていたクーペが都心に戻っていない。二番目の相手も同じだ。
どこかに車があるはずなのだ。
もっとも怪しいとすれば…… 別荘の真下。湖の中ということになる。
「君島さん」
机の向かい側から声をかけられた。
長い髪に、縁の細い眼鏡をかけた女性だ。
「佐々木さん? 何?」
「クーペとこの前のワンボックスのオーナーの長嶋ですけど」
「えっ、そうか。わかったの?」
「送っときました。クーペの方の村上ですけど、何度かかけてみたんですが…… 圏外が電源が入ってないって」
「……ありがとう。で、何度かって、何時かけてみたの?」
佐々木さんが立ち上がる。
「調べ終わったのが昨日と今日の日中に、二回ずつかけましたけど」
「番号通知してこない相手はとらない、とか?」
「着信拒否だと違うメッセージですね」
「ありがとう。あと、こっちのワンボックスのオーナーにはかけてないね?」
「はい」
俺はさっそく録音出来るよう準備してワンボックスのオーナーに電話した。
なんどかコールした後『圏外か電源……』の応答。
まさか、この二人も犠牲者なのか。
浮気の証拠を隠す為に携帯を捨てるぐらいはあり得ることだが、俺たちの尾行がばれたのだろうか。そんなにバレるような尾行はしていないつもりだ、とすれば浮気相手の二人も行方不明という可能性が高い。
俺はもう一度だけこのワンボックスの浮気相手にかけることにして、オフィスを後にした。
明日、もう一度あのラブホに行ってみよう。
駐車場と周囲に複数のビデオカメラが設置してあったはずだ。
奥さんの姿が、映らないわけがない。
それと、あの別荘には何かある。
可能ならばだが、別荘にカメラを仕掛けておいて損はないだろう。
家に帰ると、俺は何もせずスマフォにアラームを設定して寝た。
翌朝、湖方向の電車に乗った。
数駅でガラッと乗客が減り、ゆったりと座ることができた。
俺はラブホの従業員のお婆さん、あるいは孫娘、どちらに言った方が映像を確認しやすいかを考えた。
もし、その二人とも本日の勤務でなかった場合、それはそれでやりやすいともいえた。
湖のほとりの駅が近づくと、電車は何度もポイントを通過するため、ガタガタと音を立てた。
昨日と同じレンタカー屋に入ると、孫娘と同級生という娘が出てきた。
「あっ、昨日の…… またあの別荘いかれるんですか?」
「いや、まあ…… そんなところです。ちょうどよかった…… 実は和世さんに用があるんですが、電話番号しらなくて」
「えっ? 教えませんよ」
あからさまに警戒したようだった。
「教えてくれとは言わないから、君から連絡とってくれないかな。君島って人が会いたいって伝えてくれるだけでいいんだ」
「……はい、それくらいなら。その後は知りませんよ」




