(22)
「……」
お婆さんには俺がどう思って声をかけたのかがバレているようだった。
「うちの孫の和世じゃ。ありがとのう。このひとを駅まで送ってってくれんか。まともに目が見えておらん可能性あるんでの」
「はじめまして、わたくし、君島と言います。すみませんが、駅のレンタカーまで車の運転をお願いします」
「目…… というか、頭かな? 大丈夫なんですか?」
孫娘はからかうような様子でもなく、真剣にそうたずねた。
端的に言えば『頭大丈夫』ときかれているわけで、俺はムカッとしながらも調子を押さえて言った。
「お婆さんに水かけられてからはちゃんと見えている、と思うんですが、念のためです」
「おばあちゃん、水じゃない方法なかったの?」
「近くで大声だしても聞こえんし、触ってもわからんからの。水しか思いつかんかった」
孫娘は小さくなって頭を下げた。
「いや、もうほぼ乾いてますし」
「じゃ乗ってください」
「は?」
「送っていきますから」
「馬鹿、わしがのっとらんじゃろが」
そう言って、お婆さんは俺の借りたレンタカーの後ろの止まっている軽トラックに乗り込んだ。
セルの音がした後、ものすごい空ぶかしの音がした。
「私が運転しますから、乗ってください」
俺は助手席に回った。
お婆さんの軽トラが、軽快な音を立てて、この狭い山道で転回した。
この孫娘は左手を俺の座席にかけたかと思うと、バックギアのまま勢いよくアクセルを踏み込んだ。
「!」
くねくねした山道を勢いよくバックで進む。
とてもじゃないが、俺にはこんな運転は出来ない。
「ビックリしました? 別に車の運転うまいわけじゃないんですよ。慣れてるだけで」
運転の為、後ろを確認するように頭を中央に寄せているせいで、顔の近さにドキッとする。
お婆さんの車がラブホの駐車場に消えると、こっちの車は外の便所のところで素早くUターンした。
そしてそのままラブホの駐車場へ飛び込む。
「和世さん、でしたっけ?」
「……」
ウインカーを出し、左右を見ながら国道に出るタイミングを探している。
「えっと、お仕事は何をなさっているんですか?」
「婆ちゃんの手伝いしてます」
「ラブホの受け付け?」
「はい」
と、言ったあたりで、車は国道に滑り出した。
表情をみるが、そんな仕事、別になんてことはない、と言った風だった。
「あの別荘のこと、聞いてもいいですか?」
さっき聞いた話を軽く話すと、孫娘は言った。
「それは結構昔の話です」
「へ?」
「今はちゃんと鍵が閉まってますよ。確かに、窓ガラスは割られちゃったりしてますが」
「じゃ、結局入られちゃうんじゃ?」
「そうかもしれませんけど。なんか、定期的にオーナーの方が来てるみたい」
俺はその話に興味を持った。
「オーナーですか。見たことあります?」
「……」
質問を間違った、と思って頭を回転させた。
「奥さんと一緒に来てましたね。色の白い若い奥さん」
気にしすぎだったようだ。
「へぇ…… それ、いつ頃ですか?」
「今年ですよ。桜が咲いたころでした……」
信号待ちでハンドルを抱きしめるような格好をしていた。
「……」
「信号変わりましたよ」
何かちょっと雰囲気が変わった。
「あっ、すみません」
「旦那さんが好みのタイプだったとか?」
「へっ?」
「いや、べつになんとなくですけど」
「あ〜 そういうんじゃないんですよ。雰囲気がね。桜満開の下で、二人であるいているのをみてたら……」
俺は前の車が近づいてくるのに気付いて、足を突っ張るがそこにブレーキはない。
「止まって!」
タイヤがなるような勢いで車が止まった。
婆さんの軽トラは何台か先を走っていて、目の前の車は大型のダンプカーだった。
「ごめんなさい」
「いえ、大丈夫です。止まれてよかったです」
俺はこのタイミングだと思った。
「そのオーナーの方、お名前は……」
「……さあ」
車は駅のロータリーに入った。
レンタカー屋に車を止めると、孫娘はレンタカー屋の従業員と楽しげに話していた。どうやら同級生かなにからしい。会話のレベルが地元の内容になっている。
俺は返却の手続きが終わって孫娘のところへ行って名刺を渡した。
「ちょっとめずらしい物件だったんで、また情報があったら」
「不動産屋さんだったんですか?」
「珍しい物件って? どこのこと? あんたんとこのラブホ?」
「違うよ、あそこ。例の湖の上の」
「ええ〜」
同級生らしい従業員は驚いたような大きな声を上げた。
「どこが管理しているかご存知ないですか?」
従業員は首をふった。
「町の不動産屋はあそこしかないから、あそこに聞いてみたら?」
ロータリーの反対側の小さな家を指差した。
「ありがとう。それじゃ」
手を振ってレンタカー屋を出ると、外に止まっていた軽トラの窓から婆さんが顔を出した。
「電車に飛び込むなよ」
「気をつけます。色々ありがとうございました。本当に、お世話になりました。それじゃあ」
そう言って頭を下げて、お婆さんと別れた。
俺は駅を回って時刻表を確認すると、そのまま不動産屋へ向かった。
例の別荘のことを聞き出そうと思っていた。
扉を開けようとすると、外でタバコを吸っていたおじさんに呼び止められた。
「何かようかね?」
言ってすぐ、おじさんは煙を出す為に反対を向いた。
「中古の別荘を探してまして……」
「……ないな」
タバコを携帯灰皿に入れると、俺のことを払うようにして店に入ってしまう。
おじさんを追いかけるようについていった。




