(20)
地図を見る限り行き止まりなのだ。ここに入ってくる車はないだろう。それに、後ろから車が来るまでには道の先を調べ終わっているかもしれない。
そう思って、車をそのままに道を進み始めた。
注意してみていたが、上から枝が落ちてくることはなかった。
周りで物音がするのは続いていた。
大きな音ではないし、音の範囲は目で確認できるので、見えていないのだから、小動物か何かだろう、と思うことにした。
夜中にここへ来た時は、姿が見えないことが影響して、人ではないか、と過剰に意識をしていたに違いない。
しばらく道をあるくと、林の中に道が消えていた。
「行き止まり? もう?」
俺はスマフォを手に取り、地図を表示させた。
確かにナビでみたような曲線が目の前で消えていた。
もうちょっと先に行ったところは湖のはずだ。
だが、先には延々と林が続いているように見える。
「……」
俺は時刻見て、それをスマフォにメモした。
袖をめくって、GPSバンドが上空から見えるようにした。
すこしでもGPS電波を受けれるのではないか、と思ったからだ。
そのまま、スマフォでオフィスに電話をしてみた。
「?」
よく見ると通話できるアンテナレベルではなかった。
仕事柄、地図はオフラインのものを入れていたせいで、地図は表示したがここは通話もデータ通信もできる環境ではなかったのだ。連絡が取れない佐東さんも、もしかしたら井上も、こういう林の奥に迷い込んでしまった、という可能性はあるわだ。
「引き返すか……」
結局何もなかったのか、と思いながら下を向いた。
何か少し、違和感を感じた。
しばらく歩いていると、その違和感が消えた。
「……」
道。
どうやら車が通るような道で、轍があるのだ。
違和感はその轍にあるような気がした。
「こら!」
声に聞き覚えがあった。
俺は姿を探すと、置いてきた車の方向に老婆が立っていた。
「なんで道の真ん中に車を止めんだ」
最初にここに来た夜、駐車場で会った 例のラブホの従業員だ。
俺は近づきながら言う。
「すみません。タイヤのところに枝が一杯巻き込まれてしまって」
「寄せて止めろや、あれじゃ追い越せん」
「けど、道が細いから寄せるって言ったって」
「何が細い。ど真ん中に止めるからだ」
婆さんの後ろをついていきながら、車一台が通るのがやっとの道だったはずだ、今この道だってそうじゃないか、と考えていた。
「ところで、お前さんどこ行ってた?」
「いえ、別に。どこまで道が繋がっているのか確かめたかっただけです」
「変な別荘あったべ。あそこ入っちゃいかんぞ」
「別荘…… そんなのありましたっけ?」
「しらばっくれるな。あっこから戻ってくるって別荘行ったんだべ」
俺は婆さんの前に回り込んで、両手を広げた。
「ちょっと待ってください。俺にはそんなもの見えなかった…… 案内してください。何かここはおかしい」
婆さんは俺の顔を見上げながら、しわしわのまぶたを閉じた。
「おめぇ…… それ本当に言っとるか?」
「奥まであるいたけど、道がなくなっていました。そこには別荘なんてなかった。あるはずの湖も見えなかった」
お婆さんは手を腰の後ろでつなぎ、くるりと反対を向いた。
「別荘のところまで案内すっから。けど、はいんじゃねぇぞ。約束できんなら連れていかん」
いや、どこかの時点で入らざるをえんだろう、と思いながら、俺はウソをついた。
「はいりませんよ。だから場所を教えてください」
「……」
お婆さんは顔を横へ向け、横目で俺を見た。
しわしわの肌の隙間に見えるその瞳で何をみているのか怖くなった。心が見透かされているような気がした。
「信じるか」
「……なにを?」
「おまえさんを、じゃ。さあ、行ってみるぞ」
知り合いでもないお婆さんの後ろについて、山道を奥へと歩いた。
さっきと同じ道だったが、ゆっくり歩くせいで、遠く感じていた。
さっき違和感を感じたあたりにくると、お婆さんはふいに左に曲がった。
「お婆さん、どこいくんですか?」
木々の隙間、草の影に入ったのか、お婆さんの姿が見えなくなった。
それどころか、声も聞こえない。
「お婆さん! 案内してくれるんじゃないんですか?」
出来るだけ丁寧に、ゆっくりと大きな声を出した。
しかし何も帰ってこない。左に曲がった、とは思うのだが、その方向に道はなく林が見えているだけだ。
「……まさか、こっちにいくと」
異界? 人類未踏の地があるとでもいうのか。俺は考えたが、声に出さなかった。
じっとその方向を見る。
目をこすってみたり、細めてみたりしても様子は変わらない。
「お婆さん? どこにいますか?」
何か錯視のような状況になっていて、ここに足を踏み入れると湖に落ちてしまうとか、そういうことも考えた。
俺は手と膝をついて、片手を道の外へ突き出してみた。
別に屈折が変わって腕が見えなくなるということもない。そこにある草木は実在するようだった。
思い切って、手をぶんぶんと振ると、草をかすめて『カサカサ』と音がした。
「……」
思い切って、四つん這いの姿勢から、一歩前に出てみた。頭が向こう側に行くなら、何かが見えるだろう。
見たままの感触しかなく、思い切って立ち上がってみようかと考える。
しかし、ここで焦って湖に落ちては、今までしてきたことが無駄なような気がする。
俺はゆっくりと一歩、また一歩と亀のように左に向かって進んでいった。
「?」
進んでいるうち、腕や膝に返ってくる感触と、目に映る情景にずれがあるように思えてきた。
見た目は坂になっているのに、手足からくる間隔はもっとフラットなものなのだ。
「なんだろう……」
首筋になにかヒヤッとしたものを当てられたように、背筋がぞっとした。
この先に何かある。
それを隠蔽しようとしている何かに、目が騙されている。
必死に見破ろうと見つめても、何も見分けられなかった。
「!」




