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白い肌  作者: ゆずさくら


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19/42

(19)

 俺の心の中の欲望が引きずられる。

「とにかく、今日は駄目だ。帰れ。お前が改札を通ってあっちに行くまで俺はここを動かない」

 佐東さん、井上、二人を失っているのだ。そんな事態の時に、他人の奥さんと気持ちいいことをするなんて考えられない。

「ほらっ!」

 俺は幸子の背中を押した。

「じゃ、これだけ受け取って」

 紙袋を突き出す。

「ね。お願いだから」

 俺は首を振る。

「受け取ってくれないと私、殴られる……」

「えっ?」

「旦那っていうのは、暴力ふるうものよ」

 いや、違うだろう。

 だが、それは口にしなかった。

「わかった。じゃあ、これは受け取る。だから帰ってくれ」

 俺は自分の欲望を押さえるように、幸子を駅の方へ押し出した。

「うん。それじゃ、帰るよ。そんなに言うなら、帰る。また今度」

「今度もなにも、もうないから」

 幸子は駅を進みながら、チラチラとこちらを振り返る。

「……」

 手で払うような仕草をする。

 俺には幸子の表情が、悲しそうに見えた。

 階段を下っていったところで見えなくなった。

 俺は紙袋を持ったまま家に戻り、軽く睡眠をとった。

 起きたときは昼を少し回ったころだった。

 腹が減ったので、紙袋の中を見ると、銘菓が入っていたが、空腹を埋めるようなものではなかった。

 ふと気づくと、紙袋の隅に一万円が入っていた。

「……」

 俺は手に取ったその一万円を、そのまま紙袋に戻した。

 幸子にしてみれば『金で買われたわけじゃない』という意味なのだろうか。金を渡してこないと旦那に怒られるからなのか。

 俺は今、これに関わっている時間はなかった。

 駅まででて、早いだけが取り柄のラーメン屋に入ると、一番安いラーメンを頼んだ。

 食べ終わると、スープもそこそこにして、返却口に置き店をでる。

 スマフォの乗り換え案内アプリで、湖へ行くルートを検索する。

 ホームへ下りると、目的の電車が入ってきたので乗り込んだ。幸いにも椅子は空いていて、座って仮眠をとった。

 電車を乗り換えると、その電車はもっと座席が空いていた。

 田舎になったせいなのか、駅間が長くなっていた。

 窓の外を見ていると、急に山々が近くなった。

 そう思っていると、トンネルに入った。

 トンネルが終わると、電車が減速してやたらとガチャガチャ音がした。

 路線の終点らしく、ポイントを何箇所か通過する必要があるらしかった。

 ガタガタした揺れが終わると、湖近くの駅についた。

 駅を降りると、風がさわやかだった。

 周りを見渡し、レンタカー屋に入ると、車を借りる手続きをした。

 用意された車に乗り込むと、ナビで例のラブホの位置を目的地に入れる。

 駅のロータリーを抜け、国道へ向かって走っていると、湖が見えた。

 水面が光っているだけで、なんという特徴もない湖だ。

 車が多くなってきた、と思ったら、すぐに高速道路の出口を通過した。

 もう例のラブホまでは距離はない。ハンドルを持つ手が緊張した。

 道の左にラブホが見えると、ウインカーを出して入った。駐車場は日中だというのに、昨晩きた時のように暗かった。

 そのせいで、目が慣れるまで車を入り口近くで止めて待った。

 目が慣れると、駐車場の様子が見えてきた。夜に来たときと同じで、車は止まっていない。

 俺はそのまま駐車場から奥の山道側へ車を出した。

「そうだ、この先から国道に」

 独り言を言いながら、トイレの辺りで車を止め、ナビで山道の先がどうなっているのかを調べた。

 細かくくねる道は、どうやら、湖まで下っているようだった。

 だが、途中でいくつか分岐があるものの、ナビ上はどれも途中で消えており、この道の先でどこかに抜け出る方法があるのかは分からなかった。

 昼間の山道は、夜とは違い、周囲の草や、落ちた枝葉、鳥や動物の姿などが、はっきりと見える。

 それだけでもかなり恐怖は薄れる。

 まして、この先に加茂の奥さんがいる訳ではないので、誰に気づかれるわけでもない。車で入っても問題ないだろう。

 俺は車を回して山道をゆっくり進んだ。

 右に左に曲がり、アップダウンもある。前後の道が直ぐに死角に入ってしまう。

 進んでいくと、道に落ちている小枝が多くなり、タイヤが踏みつける度に変な音がし始める。

「(オフロード車みたいのを借りるべきだったかな)」

 そんなレンタカーの用意はなかったようだった。伊藤さんに言って、会社から車を借りるべきだった。

 俺は車を止め、タイヤハウスに枝が絡んでいないかを確認しようと、車の外に出た。

 パタタタ…… と音がして、どこかで鳥が羽ばたいた。

 しばらく木々の間を見つめていたが、どこにいるのか見つけることはできなかった。

 俺はそのまま車のタイヤを見て回る。

 パンクする程ではないが、とにかく挟まっている量が多く、手で取り去るには時間が掛かった。

「(軍手でもあれば……)」

 額の汗を拭おうと、立ち上がり、ふと先の道を見ると、先の道に枝が落ちてきた。

「ん?」

 パチっ、と小さな音がすると、また上から落ちてくる。

 よく見ると、道には木の枝があちこち落ちている。

「鳥?」

 パタタタ…… と音がする。

 上の方を探すのだが、どこにいるのかは分からない。

 落ちているのは大きい枝もあり、小さい鳥ではとても運んだり落としたりすることは出来ないだろう。カラスのような中型の鳥がしているのだろうか。

 まさか俺が向こうにいくのを邪魔しようとしているのか……

 汗を拭うと、また道の先に枝が落ちてくるのが見えた。

 すばやく見上げるが、落としていったものの姿はない。

 周囲の、低いところにある草や枝が揺れる音がする。

「誰だ!」

 思わずそう言うが、ギャアギャア、と遠くで鳥の声がするだけで、他には何も反応がない。

 しかし、何者かが俺がこの奥に行こうとするのを邪魔しているように思える。

 だが、こんな枝を撒いたところで、タイヤハウスに詰まるたびに取り除けば、乗り越えて車は動き続けるだろう。

「……」

 しかし、俺はもう一度タイヤハウスの中を見て、これを何度も繰り返されるのがいやになった。

 別に、車でなければ、こんな枝が敷かれていても問題ない。

「歩いて進めばいい話だ」

 車のエンジンを切り、鍵をかけて車を離れた。

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