(16)
ワンボックスは以前に追跡したクーペのように、高速道路に乗って、湖方向へ走り出した。
「なんなんだろう、なんでいつもあの湖側へ向かうんだ」
「さあ、わかりませんけど、ラブホとかがあるのはこっち方向ですよね」
「……それはそうなのかも知れないが」
「逆方向は都心だし、南下しても北上しても…… まあ、一番手っ取り早いんだと思います」
走行しているのはトラックぐらいで、一般車両の方が目立ってしまう。
距離を置きながら、車線を後追いで変更し、近づいたり離れたりしながら追い続ける。
「……おいおい、この前と同じところで下りるつもりだ」
「もし同じラブホに入るようなら、俺がすぐ左に車止めますから、車降りて、どこに向かうのか確かめてきてください」
思い出しながら胸が痛んだ。
俺がもっと早く車を止めれれば、クーペを見失わず、佐東さんも行方不明にならずに済んだかもしれない。
「……」
ETC装置が車内に料金を告げた。
「君島さんを責めるつもりで言ったんじゃないです」
「……わかってる」
ゆっくりと間隔をあけて追跡する。
以前とおなじ、あのラブホがある方へと曲がる。
すこし緊張した。
「あれだ……」
俺は前にクーペが曲がって消えたラブホを見つけるとそう言った。
走っているワンボックスは急にスピードを上げてから、ウインカーを出した。
「ここで降りてください」
「えっ」
左の路肩にすっと寄せて止まると、俺は言われるまま素早く降りた。
そして、俺は小走りに走りながらラブホへ近づいた。
井上はそのまま車を加速させラブホの先のスペースに車を突っ込み、方向転換をして車を待機させた。
俺はラブホの駐車場に体をかがめて侵入し、ワンボックスがどこにいるかを確認する。
最初のブロックには車が止まっていない。
壁伝いに進み、奥のブロックを確認する。
薄暗いとは言え、普通に歩いていては目立ってしまう。
蛍光灯の光が弱いところを縫うようにあるく。
「……」
消えた? 車が消えた? 異次元にでもつながっているのか?
駐車場にはワンボックスの姿はなかった。
佐東さんとここに入った時のことを思い出した。
クーペが進んだと思われる方向は、この駐車場ではなかった。この先、駐車場を出たころだ。
佐東さんがいなくなった所……
俺は少し怖くなった。
目立たないところまで下がってから、スマフォを取り出す。
明るい画面が回りを照らしてしまう。
『井上、ワンボックスが見つからない。この周辺の道から抜け出る方法がないか探してくれ、後、ここからワンボックスが出ていかないか見張るんだ。俺はラブホの奥へ入る』
『はい』
『俺が戻らなかったら』
そこまで書いて、身震いした。
うっかりその段階で送信してしまった。
これは佐東さんと同じ…… もしかして、この先に何かがあるのか?
俺はスマフォをそのまま消して、駐車場を抜け出た。
屋外のトイレは先週と同じようにそこにあって、林へと続く山道も同じだった。
俺はゆっくり山道へ進み、スマフォのライトで道を照らした。
道には小さな水たまりがあり、その水が、奥へと車が進んだことを示していた。
「(まるきり先週と同じかよ……)」
俺は頭のなかで思っているだけでは怖くなり、そう声に出してしまった。
佐東さん……
俺はその先へ歩き始めた。
結局、あの時一緒に行っていればよかったのかもしれない。
ちょっと入ると、木々の影でラブホの光は遮られ、道は真っ暗になってくる。
見上げると葉が生い茂っており、空からの灯りは届かない。
かと言って、灯りを付けると、場所を知らせてしまうようなものだ。
もしこの先に奥さんと浮気相手がいるのだとしたら。
俺は少し道から入って、しゃがんで光が漏れないようにスマフォを付けた。
『どうだ、この奥に抜ける道はあるか?』
しばらく待つが、井上からの反応がない。既読にもならない。
エンジン音が聞こえたような気がして、スマフォをポケットに入れると、その方向を見た。
赤い光が見える。
ブレーキランプだろうか。
俺はゆっくり近づいてみる。
草や枝を踏んでしまって、音が出てしまう。
闇に目が慣れてきているはずだが、赤い光が見えた周辺に車のようなものを確認出来ない。
「(道に戻った方がいいな)」
枝を踏み抜いて折るような音や、草をかき分ける乾いた音がしてしまう。
ゆっくりと、音を立てないように道に戻り、轍に沿って歩くことにした。
また少し奥に入ると、エンジン音のようなものとともに、赤い光がスッと前に消えていく。
今度は少しだけ、赤い光の形もわかった。
おそらく追跡していたワンボックスのブレーキランプだ。
俺は更にそれを追いかけるように山道を進む。
曲がっては、車のランプを見、引き離されてはまた追いつく。
「(おかしい…… あの車、この道を進むのにヘッドライトを点けていない)」
追いかけるのを止め、回りに注意を向けた。
風の音に混じって、何かが動いているような音が聞こえる。
いや、動いている音ではなく、話し声のような、叫び声のような、生命が空気を震わせる音、とでも言うべきなのか…… それとも、これは『気配』と表現する類のものだろうか。
道の回りから、時折、落ちた枝や草を踏む音がする。
太めの木を見つけ、そこに隠れるようにしゃがむ。
『井上、俺達はハメられたのかもしれないな……』
俺はそうメッセージを書いて、思い出す。佐東さんは、まさか…… 今の俺と同じような状態だったんじゃ……
怖さが先に経って、俺は来た道を引き返し始めた。
自分の足が道を蹴る音が周りに響く。
「(いや、俺以外にもいる)」
左右から、ささっ、さささっ、とこちらの様子をみるように、つられて動く音がする。
間違いない。逃げないと。探偵社の人間が、奥さんを追いかけるとかそういう状況じゃない。
殺られる。多分、佐東さんが殺られたように……
俺はいつの間にか走り出していた。
途中で何度か転んでしまって、頬や腕に擦り傷が出来ていた。
ラブホテルの外にあるトイレの灯りが見える。
周囲に何かいたと思っていた音は、いつの間にか消えていた。
走ったときにかいた汗で、体が冷えてくるのを感じた。
「(と、トイレ……)」




