(15)
「今日は、浮気する可能性が高いですから。止めておきましょう。なんなら、明日の昼、行ってみますか?」
ふざけて言っているわけではないのは分かる。だが、冷静にそう言うのに反論ができない自分に腹が立つ。佐東さんがクーペの男を、自分の遺体に見せかけるように利用した、そんなはずはない。そう、動機がないんだ。
「そうだ、さっきお前が言っていたろう、佐東さんが自分を死んだことにする動機がない」
「……もうよしましょう」
「お前がずっとしてきたんだろうが!」
俺は立ち上がって拳を握っていた。
「……冷静になってください」
手の平を下に向けて、落ち着けという仕草をする。
俺が座ると、井上は立ち上がる。
「車の準備をしてきます」
「……」
俺は返事が出来なかった。
気持ちが高ぶっていたからだ。
冷静になろうと、スマフォで奥さんの画像SNSを眺めた。
食事の写真や、買ってきた食器、家具の写真。
なんて平和な世界だ……
その時、急に更新がかかった。
「!」
加茂の奥さんの画像SNSに、また道路の写真が載った。
投稿時間は、ほんのすこし前。
そうだ今日だ。井上の推測なら、浮気するのは今日の夜。
慌てて持ち物をそろえて、俺は井上のまつ裏口へ下りた。
車が止まると、俺はおいてあった荷物と手早く車に乗せた。
荷物を載せ終わると、助手席に乗り込んだ。
「お前の言った通り、奥さんの画像SNSで更新があった。例の道路の画像だ」
「きましたか。腕がなります」
「今日は、奥の駐車場にしよう。大きい駐車場には浮気相手がいる可能性が高い」
「わかりました」
加茂の家のそばまでくると、ゆっくりと車を進めた。
大きな駐車場の近くで俺が先におり、井上が車を奥の駐車場へ回す。
まずは駐車場内にそれらしい車がないか確認する。
「(いくらなんでもまだ早いか)」
スマフォで時間を確認する。
一通り駐車場を回るが、どれもバンやワンボックスで、業者のような車しか止まっていない。
お昼間なら周辺の住宅に遊びにきた人が車を止めているかもしれないが、夕飯近くの時間ともなれば、一緒に食事に出かけるか、自分の家で夕食を取るため帰っているのだろう。
明かりのついている家からは、夕飯の匂いが流れてくる。
俺は通りの人を観察しながら、ゆっくりと加茂の家に近づく。
もう一週間になる。さすがに道にも慣れた。
どこから見れば観察できるのか、どこが死角になるのか、そういうこともパッと頭に浮かぶ。
加茂の家も明かりがつき、部屋の中で人の影が動いている。
『車止めました』
井上からメッセージが入る。
『了解。ターゲットは家にいるようだ』
いつもなら、これくらいの時間から夕食の買い物に出かける。
加茂が帰ってくる時間が遅いことが多く、奥さんもそれに合わせて食事を作り始めるのだ。
「(なんだ、やけに)」
やけに電線に止まっている鳥が多い気がする。
何かひっかかる。
鳥…… 鳥……
スマフォのメモを調べる。この調査を始めてから鳥、というキーワードで何か記録していなかったろうか。
「!」
俺は冷静に視線をそらした。
加茂の家から、奥さんが外を見ていた。
変に慌てたら目を合わせてしまうところだった。俺は位置を変えて、もう一度家の窓を見た。
奥さんは窓の外…… 高い方を眺めているようだった。
「(鳥?)」
俺は奥さんの死角に動きながら、見ていた方向に何があるのか確認した。
空、雲、夕焼け、電線、鳥……
何をみていたのだろう。
鳥が激しく騒ぎ出すと飛び去って行った。
「(鳥をみていた?)」
部屋に視線を戻すと、奥さんは窓ぎわから離れていった。
しばらくすると、窓のシャッターが下り始めた。
「(少しはやいな)」
俺はメモを取り出すと、今の時間とシャッターを下ろしたことを書き留めた。
しばらくすると、明かりが消え奥さんが買い物に出てきた。井上に車の準備をさせ、俺はそのまま追跡した。
おそらくいつもの買い物のはずだ。車の用意はいらないのかもしれない。しかし、今日は道路の写真を撮っている。おそらく何か特別な日に違いない。
しかし、奥さんのいく方向はいつもの買い物先であるスーパーだった。買っているものも、豚肉と玉ねぎであって、何か特別なものではなかった。
奥さんがレジで会計しているときに、俺は井上にメッセージを入れた。
『車は大丈夫だ。元の駐車場に返してくれ』
俺は十分距離を取りながら尾行をつづけ、奥さんが自宅に戻るのを確認した。
以外に早く加茂が帰宅し、後は電気が消えたら奥さんが動き出すはず、だった。
井上が何度か大きい駐車場の方へ回り、それらしい車を探す。
俺は怪しまれないよう、ぐるぐると近所を回りながら監視を続けた。
そして……
ようやく加茂の家から音が消え、明かりが消えた。
井上は駐車場から車を出し、近くの通りに路駐している。
『今日は駐車場には車がないですね』
『お、ターゲットが動き出すぞ。ゆっくり車を発進させて、大通りの手前で載せてくれ』
『了解』
奥さんの後ろを歩いたら一発でばれてしまう。高低差を利用して別の道から追う。
国道への方向でもあるし、駅へも同じ道になる。
俺は奥さんが信号を待っている間に走って井上が待機させている車に飛び乗る。
「信号のところだ」
「はい」
俺たちの車がゆっくりと交差点に入ると、奥さんは横断歩道を渡り、その車線にハザードを出して止まっているワンボックス車に近づく。
「この前のヤツだ」
「そうですね。ゆっくり右折して後ろに入ります」
「ここでUターンはないだろう。ゆっくり追い越し車線から先に進めて止めるか?」
「いや、あの車なら後ろに入った方が安全です」
「任せるよ」
ゆっくりと右折して、そっと後ろに入る前に、ワンボックスは走り始めていた。
「動き出したな」




