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Distortion  作者: チェシャ猫
1/1

歪み



「先輩、愛してます」


僕のその言葉が静寂の闇へと吸い込まれていく。

少し離れたところにいる彼女は漆黒の瞳全体に僕を映しながら、綺麗なストレートの髪をいじる。


「ふふ、ありがとう。でもその言葉は私には何の意味もないの」


「けど先輩にずっと言いたかったんです。だけど僕は臆病者だったので」


「ふっ…だった?」


「あはは。そうですね。僕はとても臆病ものです。今だって…怖いです」


「どうして?私はとても嬉しいわよ?」


「ほんとですか?そうだと嬉し…」


僕はそこで言葉を発するのをやめた。

いや、やめざるをえなかった。


「どうしたの?最後までいっていいのよ」


「いいえ、言いません。意味がありませんから」


「ほんと御門く…あなたは可愛らしい」


あぁ、終わったんだ。

もう僕と先輩の関係は終わってしまった。


「最後まで名前で呼んでくれたっていいじゃないですか」


「そうね。でも、もう必要ないでしょ?それを一番あなたが理解してるじゃない」


先輩はいつもみたいにからかうようにふふっと鼻で笑う。

その姿が綺麗で…綺麗すぎて…

そんな姿を見せられたらこの現実が嘘の世界のように思えてしまう。


いや、思いたい。

こんな状況になっても思いたかった。

まだ先輩のことを信じていた。

無駄だと心の奥底でわかっているのに。


「まだ私を信じてるの?」


「そうですね。僕は先輩が大好きですから」


僕は皮肉交じりにそう言うと先輩は呆れたように俯いた。

少し寂しさを感じる。いつもなら私もよって言ってくれるのに。

「これが現実だ」と何度も聞こえる。

でも僕は知っていた。

私もよって言っていた先輩は偽りだと。

だから僕は、


「だけど、僕は先輩が誰よりも大嫌いです」


と言う。


先輩は顔を上げ、


「私のこと好き?」


その言葉は僕が先輩に対する口癖だった。


「ついさっき言ったじゃないですか。それに僕のセリフですよ。僕はこんなにも先輩を愛してたのに先輩は僕のことなんてちっとも愛してくれていなかった。僕の気持ちを知っていながら」


先輩は顔色ひとつ変えない。

それに無性に腹が立った。

僕はこんなに真剣に言ってるのに。


「こんな事になるなら先輩と出会いたくなかった。恋人なんかになりたくなかった」


声を荒げそう言った。

それでも先輩は口を固く閉ざし、何食わぬ顔で僕をみつめる。


「先輩なんて好きにならなければよかった」


偽りの言葉をかすれた声で呟いた。

いつの間にか視界はぼやけていた。

あぁ、僕泣いてるんだ。

ばかだなぁ。僕のこと愛してくれない人の為に何で涙なんか流してるんだろう。

そんだけ先輩を愛してたのかな…


「くそっ…」


小さかった穴がこじ開けられ大きくなり、今までたまっていたものが溢れ出た。それを無我夢中で服の袖で拭い取る。


「何で止まんないかな…おかしいな」


「…私だって…」


蚊の鳴くような声でボソッと先輩は呟いた。


「…え?」


うっすらと見える視界からは先輩の綺麗な顔が歪んで見えた。


「いや。私はあなたの事なんて一度も愛した事なんかないわ。それを知ってて受け止めきれず見て見ぬフリしたあなたが悪いわ。そうよ。私は生きる為にこうするしかなかった。あなただって自分が生きる為なら偽りの愛でも受け入れるでしょ?私は本能のまま生きてるだけ」


まるで自分に言い聞かせてるような言い方だった。

運命に抗えない自分を認めたくなくて、“本能”とゆう言葉で白紙に雑に書かれた『愛』とゆう言葉を消しているようだ。


「世の中はね、弱肉強食なの。弱い者が強い者の餌になるのが当たり前。だからあなたが私の餌になるのなんて当たり前の事なのよ。それがあなたの運命(さだめ)。そんな事もわからないのかしら。あなたも子供ね」


見下すように先輩はそう言う。

僕は何も言い返せなかった。

僕もそう思っていたから。

弱い者が強い者の為に餌になるのは普通と。

それでもこの現実を認めたくなかった。

何処にそんな期待ができるんだと誰しも思うだろう。

僕だってわからない。

それでも先輩は僕をそうゆう風に思ってないと願っていた。


精神的にダメージを受けてる僕に先輩は追い討ちをかけるように言葉を続ける。


「あなたじゃなくてもいいのよ。あなたの代わりなんて何十人、何百人、何千人、何億人もいる」


「じゃあ、なんで僕なんですか?」


すっとその言葉が出てきた。

そう質問すると先輩は目を大きく見開いたまま静止してしまった。

少しの沈黙でさえ長く感じる。

何を考えているんだろう。

僕ならそう聞かれると、身近にいたからとかってそうやって言う。

なのに先輩は黙っている。


「どうして黙るんですか?」


何度も口を開いて閉じるを繰り返したすえ、先輩は案の定僕と一緒の言葉を言った。


「…身近にいたからよ」


僕は何も言わなかった。

その言葉が嘘に聞こえたから。


「今度はあなたが黙るのね」


先輩の表情が少し怒りをあらわしたことが何故か滑稽に思えた。口角があがる。

僕の表情を見て、先輩はもっと怒りをあらわにする。


「どうして先輩はいつも嘘ばかりつくんですか?」


「偽りの愛に本心なんているかしら?」


ごもっともだ。だけど納得がいかなかった。

つっかえてる疑問に疑問を持つ。

僕は他に何を知りたいんだろう。

もうほとんどの事がわかってるじゃないか。

他に何を知る必要がある。

でもつっかかってる疑問が僕を引き止める。


「最後なんで本心が知りたいんですよ」


「必要ないわ」


「必要で…」


「必要じゃないって言ってるでしょ!!」


初めて先輩が声を荒げたところを見た。

驚きが尋常じゃなくて僕は呆然とした。


「本心なんて意味がない。あなたに本心を言ったって私の運命は変わらない。そうでしょ?」


「でも、僕は聞きた…」


「じゃあ私の運命を変えてみなさいよ」


「それは…」


「できないんでしょ。ほらね、あなたも同じよ。前の奴らと同じなの。だから私は運命に従う。あなたに止める権利なんてない」


唇を噛みしめる。まずい鉄の味がした。

先輩を好きになっただけなのに。

何でこんな仕打ちを受けなきゃいけないんだ。

僕が何をしたってゆうんだよ。

なぁ、神様よ。教えてくれよ。


「もう茶番はおしまいでいいかしら?」


時間の有余もあたえてくれねぇのかよ。

ならさ、先輩。僕の本心でも言わせてよ。


「僕は変えたい。先輩を愛してますから」


愛してるだなんて言葉はもう言わないと思ってた。

それでももう一回言いたかった。

先輩をほんとに愛してたから。

いや、愛してるから。


「…好きよ。御門くん」


先輩は妖艶な笑みを浮かべる。

そしてこっちへおいでと言うように手を広げる。

あぁ、好きですよ、先輩。

あなたの髪の一本一本すべてを愛してます。

こんなにも愚かな僕の存在を先輩の脳みその奥深くまでうえつけてください。

先輩のいない人生なんて僕は考えられない。考えたくもない。


一歩一歩足を運び僕は先輩の元へ向かう。

僕が近づくにつれて、大好きな笑顔が何故か歪んでいってる。

なんでだろうと疑問を持ったがこの際そんなことはどうでもいい。

僕を先輩だけのモノにしてください。


そして、先輩の目の前まで来た。

いつもの先輩の匂いが鼻をくすぐる。


「先輩…」


僕が先輩の目の前に来た時にはもう笑顔なんてものはなかった。能面のように表情がない。

その時、悟った。

この人はほんとに僕を餌としか見てないんだと。

まだ死にたくない。

先輩ともっといろんな所に行きたかった。

先輩のこともっと知りたかった。



それにまだ…



「ねぇ、先輩…僕のこと好きですか?」


「……」


返事がこないのはわかってた。苦笑いをする。噛みすぎたところからでてくる血を舌で優しく撫でる。そのまま唾液と一緒に絡め飲み込む。やっぱりこの味はまずい。上を向き、口元を緩める。



「僕は大好きですよ」



先輩はその美しい唇を僕の耳元まで持ってきて囁く。



「…さようなら」



そこで僕の意識は静かに途絶えた。



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