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【お題三つ:将来、自分、雲】私は雲を食べたい

作者: ひゆりなぼ=なづちらす
掲載日:2016/07/21

私はパイロットになりたい。夏の、入道雲が高く立つ空に誓った。

「お父さん、あの雲白くて大きいね」

五歳の私は窓越しに外を見ていた。すると私の背後で寝ていたお父さんがゆっくりと体を起こして言った。

「――」


お父さんは私が五歳の時に死んだ。この日の記憶はここまでしか残っていない。お父さんがなんと言ったのか、私がなぜ今もなおパイロットを目指しているのか、全く分からない。

突然、私は怒声と共に飛び起きた。

「ダメでしょう? 寝ちゃあ。授業中に。池野崎さん。あ、みなさん。倒置法ってこんな感じです」

怒声というには弱すぎるが、はっきりと怒りが籠った静かな物だった。先生は「通常だったら『池野崎さん、授業中に寝ちゃあダメでしょう?』と言いますよね」と授業を続けながらこちらへとつかつか歩いてきた。そして、私の席の目の前に立つと机に突っ伏していた私の顔を覗き込み、私の顎をつかみ自分と私の視線を合わせるように持ち上げると(いわゆる顎クイだが、できれば男の子にやってもらいたかった)誰にも聞こえないような小声で衝撃の事実を伝えた。

「……これで十回目。テストがいくら良くても単位、落とすように評価つけるわよ」


「高校一年生の七月上旬。やっとエアコン稼働が許された教室は私にとって、いや生徒にとって天国だった。その状況下において、恐ろしいほど強力な眠気を催すような授業――現代文を生徒に受けさせたら快適さのあまり寝てしまうのは必然であろう。先生の声は美しく澄み渡り、教室の隅々に行き通り、生徒たちがノートの上にシャープペンシルを滑らせる音だけが聞こえる。私はこの完全睡眠条件がそろった状態で眠ってしまった。いや、先も述べたように眠るのは必然だったのだ。そう思わないかね?」

「ノザちゃん……長いよ」

私、池野崎恒子(いけのざきつねこ)は現代文が終わって訪れた平和な教室で友人の合井倭子(あいいわこ)に愚痴っていた。

この子、合井倭子は不幸な子で、クラス替えをいくらやろうとも出席番号一番となる存在だ。いや、合井愛子なんて子がいたら完全に一番とは言えなくなるが。倭子、というのは両親の配慮だということだ。「完全に出席番号一番じゃない、希望を作りたかった」と供述している。

「……さてと、私はお弁当食べようかね。倭子は? 食堂行く?」

私はクーラーの効いた教室から出るつもりが無い。つまり……。

「ええ、食堂に行くのでノザちゃんもいかが……」

「あ、私はここで食べますので。いいランチタイムを」

いくら幼馴染のお誘いでもズバッと断るのだ。我ながらひどいやつだと思うが人に合わせて苦しい思いをするなんて真っ平御免だ。

「あ、じゃあね」

倭子も私に対しての耐性があるのでさらりと流して教室を出て行った。手で仰ぎながら歩いているがあれでは涼しくないだろう。

「お弁当を持ってくればいいのに……」

思わず言葉が漏れる。

「やっぱり学食じゃなくてこの天国で食べるお弁当だよねぇー」

「本当だよ。なんでクーラーがついているのが分かっておいてお弁当を持ってこないかなぁ」

「ねー」

「ねー……?」

一体私は誰と話しているんだろう。まさに今倭子は出て行った。私はほかに世間話をするような友達もいない。最終的には自分の手で傷つけることになる。それが分かっているから友人は作らない。それ故にこのクラス内で私に声をかけるもの好きなんていないはずなのだ。恐る恐る声のした方向を見る。誰もいない。突然視界が暗転した。聞こえてくる「だーれだ」という声。いや、わからねぇから確認しようとしたんだろう。「てめぇ、何者だ。私にくっつくんじゃねぇ。暑い」と言うと、視界が開けた。

「僕でした。空です」

「……?」

同じクラスだろうと、名前を覚える必要はない。だから覚えていない。こいつ誰だ。

「青い空、白い雲の『空』です」

何ともわかり辛い自己紹介だ。彼は私の正面に回ると一言。

「好きです。付き合ってください」


午後一の授業。数学。今は三角関数をやっている。先生が黒板にチョークを滑らせて大きな十字を書く。X軸とY軸だ。その線の交点を中心として円を描く。そして「sin45°」「sin135°」「sin225°」「sin315°」と書く。

「それぞれ『第一象限』『第二象限』『第三象限』『第四象限』に属する斜辺だ」

「あ……」

私はパイロットになりたい。お父さんにいろいろなことを教わった気がする。その中に『第一象限』とかもあった気がする。何を教わったんだっけか……。数学の授業中、それをずっと考えていた。久しぶりにお父さんのところに行ってあげようかな。


放課後。何人かに七夕まつりに行かないかと誘われたが全部フッて、お父さんのところに行った。

「あー……」

お父さんのお墓は見事に汚れていた。母親は新しい父親と再婚して今ラブラブで、きっとお父さんの事なんか忘れちゃっているんだろう。私は近くの水道からバケツに水を汲んで、柄杓と一緒にお墓の前に持ってきた。七月上旬とはいえ、結構暑い。墓石は一日中外にあるので、もっと熱い。石焼ビビンバが作れそうだ。……つくらないけど。

柄杓で上の方から水を流し、汚れている部分を手で擦る。スポンジやたわしは極力使いたくない。

「線香、持ってきたけど、火をつけれないな……」

ここに来る途中にコンビニで買ってきた毎日香をそっと鞄に戻そうとする。すると、突然声をかけられた。

「あれ? 恒子ちゃん?」

「え?」

振り向くと、半ズボンに水色の半袖、サングラスに金髪という『Theチャラ男』という感じの背の高い男が現れた。私が「誰だ?」と思ってよくよく見ていると男は「睨まんといてよ」と言って微笑み、サングラスを取った。

「あ、高田正文さん。こんにちは」

「こんにちは。……フルネーム呼びかぁ」

高田さんは私のお父さん。NEWお父さん。

「何の用ですか? こんな時間にそんな格好でほっつき歩いて、お母さんが寂しがりますよ。お母さん、あなたがいないとおかしくなりますし」

私がこういうと、高田さんがおもむろにライターを取り出した。「たばこですか、こんなところで」と皮肉を込めて言うと「ちげーよ」と高田さんは言い、ポケットの中から筒を取り出した。茶色いその筒のふたを開けると、中から線香が出てきた。

「え……」

高田さんはそのままライターで火を起こし、火が風であおられたいように手で覆いを作り、線香に火をつける。「ちょっと失礼」と言って、お父さんのお墓にそっと線香を置く。手を合わせる。

「真理子さんは、私が……あなたには敵いませんが、幸せにします」

私はその以外すぎる行動に戸惑っていた。すると正文さんはこちらを向き、「ありがとうね」と言って立ち上がった。

「今日暑いねぇ、恒子ちゃん」

突然言われたので「そうっすね」と答えてしまった。

「じゃあ、俺先に帰るから。遅くならないようにしなよ。彼氏と一夜過ごそうなんて、くれぐれも考えるなよー」

ははは、と笑いながら、私に背を向けて去ろうとする。

「あ、正文さん! 待って」

私はしまいかけた毎日香を取り出して、正文さんに言った。

「……ライター、貸してください」

正文さんはニッと笑うと、私に紫色の百円ライターを渡してくれた。


正文さんと一緒に家に着くと、お母さんが玄関まで迎えに来て「おかえりー」と正文さんに抱きついていた。私はその横をすり抜けると自室へと入り、荷物を床に放り、ベットに横になる。天井に貼ってあるボーイング777(トリプルセブン)-300のポスターを眺めながら、思い出そうとしていた。お父さんとの思い出を。正文さんをちょっとだけ好きになれた今日。私は、これからお父さんとの思い出を忘れちゃうんじゃないか。お父さんと正文さんはもちろん違う人間だけど、一緒にいる時間を考えると、お父さんの方が圧倒的に劣ることとなるだろう。そう考えると、今お父さんとの思い出を際立たせないと、『お父さん』の輪郭がぼやけてしまいそうだった。お母さんに聞くわけにもいかないし、かといって自分で調べるのも面倒だ。しかし、面倒だと言って止めてしまうのも嫌なので、まずは写真から探してみることにした。


写真がいくつか見つかったが、お父さんの写ったものは一枚も見つからなかった。見つかる写真は雲の写真ばかり。入道雲、いわし雲、うす雲、すじ雲、ひつじ雲、おぼろ雲。美しい雲が写っている。

「あ、飛行機雲」

夕焼けをバックに一筋の雲が空を横切っている。写真の左下に日付がある。

「8月5日」

その日付を見た時、お父さんがこの世を去った日に言っていた言葉を思い出した。


「お父さん、あの雲白くて大きいね」

私は五歳。お父さんの寝ているベッドの縁に座って窓の外を眺めていた。じぃじぃと外からセミの鳴き声が聞こえてくる。入道雲が窓の六割を支配していて、残りの四割に影を落としていた。その時、お父さんが口を開いた。

「あの雲はね……」

幼い私にはわからなかったが、お父さんの声は覇気のない、しわがれた声だった。

「……食べられるんだよ」

「え! どんな味するのー? 食べたい!!」

「じゃあ、いいことを教えてあげよう」

そういうとお父さんはベッドから体を起こし、窓を見て言った。

「飛行機を飛ばせば、雲のところまで行けるんだよ」

「飛行機飛ばしたい!」

「じゃあ、いい子にして、一杯お勉強しようね。あと、今日はもう帰った方がいいよ」

「うん! おうちかえって飛行機飛ばす!」

「はは……」

お父さんはベッドに体を任せると、私の頭を撫でてくれた。私はすぐに病室を出た。

私がお父さんの死を知ったのは次の日の朝だった。お母さんが泣きながら私に一枚の写真をくれた。夕焼けの中を飛行機が横切った写真だった。


思えば、お父さんは自分の最後を子供に見せたくなかったのかもしれない。お父さんが元気だったころ、目指していた「航空管制官」。その試験中にお父さんは突然倒れた。お父さんは夢を私に託したのだろう。幼い私に「飛行士に成れ」と言うより私が興味を持つ嘘を吐いたほうがいいと考えたはずだ。

私は雲が食べられないことを知っている。だって水の分子が空気中の塵にまとわりついたものだから。

でも私は今でも信じたい。「雲は食べられる」。

私は机の前の壁にお父さんのくれた写真を貼った。

おはこんばんにちは。久しぶりの投稿です。登校ではありません。学校にはちゃんと行っています。

今回はいつもと違う感じですのでなかなか書くのがたいへんでした。お題をくださった独りっ子さんに感謝いたします。

まだまだ「お題三つで小説代行」はやっておりますので、コメントやメール、あとLINEなどでお題をくださいね。

ではまた。

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