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備忘録2 親を捨てる  作者: 小日向冬子
借金まみれの日々
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9 故郷を離れて

 それはちょうど、梅雨がはじまろうとする季節だった。

 小さなアパートを引き払い、親兄弟に別れを告げて、西へ西へと高速をひた走った。



 数時間後に辿りついたのは、3階建ての白い大きな建物。


 1階はすべて仕事場で、2階は義父母、最上階はわたしたちの部屋だという。

 広くて陽当たりのいい屋上には、洗濯物も布団も思いっきり干すことができそうだ。


 何も知らない人が見たら、さぞかし羨ましく思うことだろう。



 が、その内情は、驚くべきものだった。




 税金はすべて、5年も支払われていなかった。

 滞納額は300万円以上、保険証も没収されていた。


 公共料金もずっと未払いで、電気もガスも止められる寸前。


 もちろん家のローンも滞り、事業の資金にいたっては、手形の決済のたびに利息だけを支払ってギリギリ自己破産を免れている、という状況だった。


 それ以外にも義父母は、あちこちの消費者金融から数十万ずつ、とにかく借りられるだけ借りていた。


 完全に尻に火がついた状態、確かにこれではわたしたちが必死に工面した金額なんて、あってないようなものだろう。




 もっともここまでの詳しい内容は、その当時は知らされていなかった。もし聞いたとしても、こういうことに疎いわたしにはよく理解できなかっただろうが。


 ただ覚えているのは、何日もかけて借金の全容をようやく調べ上げた彼が、茫然とつぶやいたひと言。


「まさかここまでとは、思わなかった……」





 しかし、呆けている暇などない。

 すぐにでも電気が止まるかもしれないのだ。そうしたら、仕事がストップしてしまう。それだけはどうしても避けなければならない。



 彼は返済に優先順位をつけて、緊急を要するものから片付けようとした。




 そのときわたしたちの手元にあったのは、結婚した時に父がくれた300万円だけ。布団と自転車に数万円使っただけで、あとはそのまま残してあった。



 このお金がどうやって作られたものか父は多くを語らなかったけれど、わたしにはよくわかっていた。


 あの家では、親戚にもらったお年玉やお小遣いは、そのまま母に渡すことになっていた。

 だからわたしたち兄弟は、お年玉で自分の好きなものを買ったことが一度もない。他の子たちが羨ましくて文句を言ったりもしたけれど、頑として聞き入れてもらえなかった。


 そのお金を、母は子どもたちそれぞれの名義の口座に預けていた。そしてさらに、毎月そこにコツコツと追加していた。


 農家というのは、土地はあっても現金収入は驚くほど少ないものだ。

 そこで母は、市場に持って行けなかった半端な野菜をきれいに束ねて、100円で近所に売り歩くようになった。新鮮さと丁寧な仕事ぶりと、そしてあけっぴろげな母のキャラクターでたくさんのお得意さんができていた。

 年末にはお餅の注文をとり、のし餅やお供えをたくさん作って売りさばいた。

 そういえば、パートに出ていたこともあった。


 化粧もせず、お洒落もせず、おいしいものも食べずに朝から晩まで働いて作ってくれたお金だ。

 ただ一心に、わたしたちの将来のために積み上げてきてくれたお金だ。


 わたしが欲しかった穏やかな温もりはもらえなかったけれど、あの母にとってはこれが精一杯の愛の形だったのだと、今では痛いほどにわかっていた。




 でも、そのときのわたしたちには、もう後がなかった。





 誰よりも大切な人と、その親を助けるためなのだ。


 母もきっとわかってくれるはず。



 そう自分自身に言い聞かせた。



 その代わり、絶対ここから這い上がる。


 これからは4人で力を合わせて、この窮地を脱け出すんだ。






 それができると心から信じて、わたしはその全額を彼に託した。

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