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備忘録2 親を捨てる  作者: 小日向冬子
ふたりで生きていく
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6 わたしたちの決断 

 いまだに捨てられずにとってある結婚当初からの家計簿。


 黄ばんだ手書きの表には、家賃やガス代に混じって『15万実家へ』『13万実家へ』毎月のようにそんな文字が並んでいる。


 いったいどうやってそんなお金をひねくり出していたのか、もう記憶も定かではない。


 ただ覚えているのは、爪に火をともすようにして積み上げてきた小石がほんの一瞬でガラガラと音を立てて何もかも崩れていく、そんなどうしようもない虚しさに息が止まりそうだったことだけ。




 でもそんな貧しさも、彼といるときは忘れていられた。


 彼はどんな状況にあっても、小さな楽しみを探そうとする人だった。



 仕事帰りのスーパーで半額シールが貼られるのを待っている間も、掘り出し物の100円のラーメンどんぶりを見つけたときも、彼はいつもいたずらっ子のように目を輝かせていた。


 週末の家事がひと通り終わった後に、窓の外の景色を眺めながらジャイアントコーンを食べるのが、2人のささやかな楽しみだった。

 ゲームセンターにも行ったし、ディスカウントストアをふらふら見て回り、変な商品を見つけて笑い合ったりもした。

 視野を広げるのは大事だからと本や雑誌も少しは買ったし、出勤前に安いチェーン店でゆっくりコーヒーを飲むようになったのも彼の影響だった気がする。


 わたしひとりの貧乏生活だったなら、きっとその何もかもを「贅沢だ」と言って切り捨てて、ガチガチに自分を追い詰めてしまったに違いない。



 きっと彼は、人間の弱さをよく知っていたのだと思う。


 無理にでも作り出すささやかな喜びが生きる力を与えてくれることも、そんなわずかな余裕さえも失くしてしまったときに、人は容易に壊れていくということも。




 そんな人だからこそ、ただ終わりが来るのを怯えながら待つのではなく、自ら道を切り開こうとしたのだろう。




「実家に帰ろうと思うんだ。このままでは共倒れになってしまうだけだから」


 彼がそう言いだしたのは、結婚してから1年も経っていない頃だった。


「当面は2人で家の仕事を手伝って、1年か2年して持ち直したら、またやりたい仕事に戻るよ」


 そうなれば、もちろんわたしもようやく馴染んだ職場を去らねばならない。親兄弟とも簡単には会えなくなる。



 見知らぬ土地での慣れない仕事、彼の親との同居。


 不安がなかったと言えば嘘になる。




 でも彼と一緒ならきっと大丈夫。

 この人は、何があっても決してわたしを見捨てることはない。


 そんな不思議な確信が、へなちょこなわたしの背中をそっと押してくれた。

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