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備忘録2 親を捨てる  作者: 小日向冬子
毒親を捨てて
53/57

53 もう、限界

 お酒に溺れる父と暮らすのは辛かった。

 できることなら逃げだしたいと、何度思ったことだろう。

 その葛藤を、父への感謝や負い目、娘としての義務感やほんのかすかな希望を総動員しながら、必死に抑え込んできた。


 しかし、生死の境をさまよったあげく認知症になり、そのうえ他人のお金を盗ってまでお酒を飲み続ける父を見た時、心が折れた。


 もう、無理だ。


 ハルキもわたしも、なんの歯止めにもならない。

 自分自身の無力さと、父にとってわたしたちはその程度の存在でしかなかったのだという失望感が、胸を深くえぐる。


 チェーンのはずれた自転車のように空回りする心。



 そんなわたしに夫は言った。


「春までにここを出よう。自分たちで部屋を借りよう」


 4月からハルキは小学生。

 確かに引っ越すとしたらそのタイミングが一番だ。

 でも、よりによって父が一番大変なこの時期に放り出してしまうなど、人として許されるはずがない。


 そう言って抵抗するわたしに、夫は一歩も譲らなかった。


 夫が挙げる理由は、どれもこの状態の父を置いて出ていかねばならないほど決定的なものとは思えなかった。

 通勤がかなり負担なこと、妻の実家に居候しているのは肩身が狭く、そろそろ気を使わずに家族だけで暮らしたいこと、ハルキにもっといい環境を与えてあげたいということ。


 けれど本当の理由はとてもひとことで言い表すことができないと、お互いにわかっていたように思う。


 毎日父の暗い顔を見ては自分を責めて、今日はいったい何が起こるのか、この先どうなってしまうのかと怯えながら暮らしていくのはもう限界だった。


 それがわかりながらも、自分からは言い出せずに苦しんでいるわたしのために、夫は、これは自分のわがままだと言い切ってくれたのだ。


 そうしてわたしたちはとうとう、夫に押し切られるような形で、実家を出ることを決めたのだった。




 わたしたちの決断を聞いた父は、淋しそうに「そうか……」とつぶやいただけで、それ以上何も言わなかった。

 兄もまた「こっちはどうにかなるから」と、淡々と受け入れてくれた。


「ここだと、どうしても旦那の通勤が大変だから……」


 親族や近所に数えきれないほど繰り返した言い訳。

 誰も言葉にはしなかったけれど、わずかな間やふとした表情から「親不孝者」と責められている気がした。


 そのたびに心の中で言い訳を重ねる。


『これ以上どうすることもできない、わたしたちが一緒にいたのに父はこうなってしまったのだから』


 けれど、何度そう自分に言い聞かせても罪悪感は消えてくれず、それどころかさらに深く刻まれていくような気がした。


 わたしは父を捨てるのだ。

 父から逃げ出すのだ。


 わたしはやっぱり――ダメな娘だ。

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