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備忘録2 親を捨てる  作者: 小日向冬子
毒親を捨てて
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52 奇跡の復活

 深刻な医者のようすから、すでに覚悟はしていた。

 もし助かってもおそらく父の意識は戻らないだろう。運よく目覚めたとしても、寝たきりになってしまうに違いない、と。


 引き伸ばされた時間をベッドにつながれ過ごすのはどれほど苦痛だろう。それとも、苦しみさえも感じない状態になってしまうのか。



 兄は出張を切り上げ急遽帰国した。

 飛行機の中で、父を見送る覚悟をしながら。


「これでよかったのかもしれないよ。少なくとも自分から海辺の病院へ行くと言い出した瞬間は、正気に戻ってたんだから……」


 そう自分たちに言い聞かせながら、兄とわたしはやりきれない時間を過ごした。



 しかし大方の予想を裏切って、父は間もなく奇跡の回復を見せ始めた。


 兄の帰国からしばらく経つと自発呼吸をしはじめ、人工呼吸器がはずされた。

 やがて意識も戻り、驚いたことにベッドから起き上がれるまでになった。


 そのまま順調に回復し続けた父はとうとう自力で歩き始め、リハビリ病棟に移って数か月後には退院。

 医者も驚くほどの復活ぶりを、わたしたちは複雑な気持ちで見守った。



 家に帰ってきた父は、身体的には倒れる前の状態にほぼ戻っていたが、脳はいくつかの機能をすっかり失っていた。


「ほら、あれだよ、えーっと、あれ……なんだか、わかんなくなっちゃったな……」


 じれったそうに口をもごもごさせては、困惑した表情でしょんぼりうなだれる父。


 頭に浮かぶことを思うように言葉にできず、欠けている記憶も目立った。ちゃんと覚えていることもあったが、数分前のできごとを忘れていたりもした。


 こんな形で父が父でなくなっていくのはたまらなかったが、それでもアルコールで壊れていくよりよほどましだと思えた。



 幸い身体的な介護の必要はなかったし、片時も目を離せないほどの重い認知症ではなかったので、とりあえずわたしはそのまま仕事を続け、昼休みだけようすを見に戻ることにした。

 介護ヘルパーも定期的に訪問してくれるようになったし、ご近所さんも古くから付き合いのある人ばかりで、何かと気にかけてくれる。


 そうして、なんとかやっていける体制が整ったころのことだった。

 父が再び、お酒に手を出したのは。



 家のお金はすでに父の手の届かないところに管理していたから、以前からどこかに隠し持っていたのだろう。そのお金も尽きたのか、父はとうとう家の裏手にある野菜直売コーナーの料金箱からお金を盗むようになった。


 それは近所の農家が何軒かで開いている小さな売り場で、場所を提供している関係で料金箱のカギを父が管理していたのだ。そこから小銭を取り出しているところを仲間に見咎められた父は、きつく詰め寄られてもなお白を切り続けた。


 のらりくらりと詰問をかわし、平気な顔でウソをつき続ける。

 そこにいるのは、もはやわたしの知っている父ではなかった。


 真面目で自制心が強く、常識と周囲への気遣いに長けた父は、いったいどこにいってしまったのか。そう思うと、たまらず悲しくなるのだった。

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