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備忘録2 親を捨てる  作者: 小日向冬子
ふたりで生きていく
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5 彼の嘘

 忙しい暮らしにもだんだん慣れていった。

 贅沢さえしなければ、わたしの給料だけでなんとか暮らしていけることもわかった。

 頑張って切り詰めれば、月に1万2万とささやかな蓄えもできる。


 そうして貯金がやっと10万円を超え、0から始まった2人の暮らしが未来に繋がっていくと思えるようになった頃、彼の口から驚くべきことばが飛び出した。


「冬子、悪いんだけど……少しお金、工面できないかな?」




 前の日に、彼の実家からかかった電話。

 それからずっと、彼のようすがおかしかった。


「何かあった?」と尋ねると、大丈夫だからとはぐらかされたが、そんなはずはない。



 彼の実家は、衣料関係の仕事をしていた。このところの不景気の煽りをもろに受けて、売り上げが落ち経営が厳しくなっていることは聞いていた。


 それは少しも持ち直す気配がないまま、とうとう月々の返済が滞るまでになっているらしい。


「……ごめん。実は、ウソついてた。


 遊んで借金作ったって言ったけど、本当は家に送るために借りたんだ。俺の給料つぎ込めば、なんとか返していけると思ってたから、黙ってた。


 本当に、ごめん」


 昨日の電話で、それだけでは足りないくらいに状況が悪化しているのがわかった、と。



 うなだれて、辛そうに顔を歪めながらことばを絞り出す彼。

 声からもその表情からも、いたたまれなさが痛いほどに伝わってくる。


 そもそも彼が嘘をつくなんて、よほどのことに違いない。





 コツコツ節約して、欲しいものも我慢してためてきたお金。

 たった10万ぽっちだけど、何もないところから始まった2人の未来を照らしてくれるような気がしてた。




 でも、わたしたちのことなど、これからなんとでもなる。


 それに、あまりに苦しそうな彼を見ていたら――わたしにはもう、笑ってこう言うしかなかった。


「いいよ、送ってあげて。これしかなくって、ごめんね」






 お金を振り込んだ翌日に、彼の母親から電話があった。


「お袋が、冬子と話したいって」


 電話を代わると、義母は受話器の向こうで泣いていた。


『冬子ちゃん、ごめんね。冬子ちゃんにまでこんなこと……本当に、悪かったね……』


 思わず胸が詰まる。


「ううん、こっちは大丈夫だから、心配しないで」


『これでもし、あの子が冬子ちゃんに愛想尽かされたらどうしようかと思うと、もう心配で……』


 義母はそう言って電話口で泣き続ける。


「そんな……誰が悪いわけでもないし、こんなことで嫌になったりしないから。ね?」


 カルト教団に入っていたことも、1度はそこで結婚していたことも、精神科に通っていたことまでも全部わかったうえで、「息子が選んだ女性だから」とわたしを受け入れてくれた義母。

 数えるほどしか会ったことはなかったが、そのたびに「冬子ちゃん、冬子ちゃん」と温かい笑顔で可愛がってくれた。



 そんな人を、見捨てることなどできない。


 これで、よかったんだ。






 が、そんな風に思えたのは、自分の善意が彼らの窮地を救ったと信じて疑わなかったからだ。



 実際の状況は、わたしが知らなかっただけで、そんな生易しいものではなかった。


 10万円など、砂地に水を撒くようにあっという間に消えてなくなってしまう金額でしかない。

 そんな現実を、この後わたしは嫌というほど思い知らされていくことになる。

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