48 共依存
叔父の死をきっかけにますます気力をなくした父は、虚ろな表情で昼も夜もなく体にアルコールを流し込み続けた。
皮膚は赤茶色に酒焼けし、がっくりとうなだれて歩く背中からは「もう死にたいんだ、早く死なせてくれ」そんな悲鳴が聞こえてくるようだった。
それを間近で見ていることにいよいよ耐えられなくなったわたしは、藁をもつかむ思いで海辺の病院に電話をかけた。
担当医師はちょうど診察中ということだったが、それでもしつこく頼み込むと電話口に出てくれた。
「すみません、あの、実は……父がまたお酒を飲み始めてしまったんです。いったいどうしたらいいのか、もうわからなくなって……」
受話器にすがりつくわたしの声は、泣き出さんばかりに震えていた。
しかしそのときの医師の答えは、わたしがまったく予想していなかったものだった。
「うーん、どうも、あなたのほうも治療が必要なようですね。
一度、こちらに来れませんか?」
「ええ?」
仕事を休んで、片道3時間かけての通院。
とてもではないが、今のわたしにそんな余裕はない。
それにどんな治療かは知らないが、今の自分が病気であるとも、病院に行ったからといってこの状況がよくなるとも思えなかった。
わたしはただ、どうしたら父がお酒をやめられるのか、そのために家族が何をしたらいいのかを教えてほしいだけだ。
会社から帰ってそのことを聞いた夫は、ひどく憤慨した。
「何それ、絶対おかしいでしょ。冬子は病気なんかじゃないし、わざわざ行く必要なんてないよ」
きっぱりとした夫のことばに、わたしはようやく安堵した。
考えてみたら、電話で少し話しただけで治療が必要かどうかなんてわかるはずもない。そう自分を納得させ、その後も診察を受けに行くことはなかった。
しかし、そのときのわたしはすでに、アルコール依存症という病気にすっかり巻き込まれていたのだ。
また今日も飲んでいるに違いない、いつまでこんなことが続くのだろうか、いったいどうしたらお酒をやめさせることができるのだろうか。
家にいても仕事をしていても家族で出かけているときも、父の飲酒が頭から離れることはなかった。
そしていつも思うのだった。
わたしたちがつらいのは、父がお酒をやめてくれないからだ。
そして父がお酒をやめられないのは、わたしが至らないせいだ、と。
共依存。
アルコール依存症患者の家族がしばしば陥りがちな罠に、そうとも知らずわたしはどっぷりはまり込んでいた。
わたしはあまりに無知だったのだ、この病気に対しても、そして自分に対しても。
同じような家族をいやというほど見てきたであろう医師は、電話でのちょっとしたやりとりからわたしの精神状態を感じ取っていたに違いない。
苦しいのは父が飲み続けるからではない。
父が抱える問題を、自分がどうにかしなければならないと思ってしまういびつな心の在り方のせいだった。
しかしそれに気づくには、それから何年もの時間が必要だった。




