47 再飲酒
木々が色づき始める季節に海辺の病院から戻ってきた父は、しばらくはお酒を口にすることもなく、断酒会と呼ばれるアルコール依存症患者のための自助グループに足を運びはじめた。
わたしたちは、息を詰めて祈るような気持ちで、その姿を見守った。
けれども秋が深まるにつれ、何かと理由をつけては会のミーティングを休むようになり、本格的な冬が訪れるころには数か月前となにひとつ変わらない暗澹たる光景が目の前に繰り広げられるようになっていた。
再飲酒。
いい病院を見つけさえすれば回復していくはずだと、そう信じることで繋いできたかすかな希望は消え失せた。あのときと同じようにおぼつかない足取りで日に何度も自動販売機に向かう父を、なす術もなく見つめるだけの日々。
事情を察したメンバーからは、本人が来れないようなら家族の方だけでもと勧められた。
それを聞いた兄は、本人に治す気がなければ周りが何をしたって意味がないと、酔った父に詰め寄った。
「……そりゃあ、治したいとは、思うさ。
でもなぁ、飲まないでいようと思っても、だめなんだ。
死んだほうがよくなっちゃうんだよ……。
断酒会に行ってそれが変わるとは、とても思えないんだ」
ほとんど泣きそうになりながら、呻くように絞り出された父のことばに、兄は小さくため息をつき、目を伏せた。
本当は、怒って酒を取り上げるべきなのかもしれない。
わからないのだ、冷たく突き放すべきか、優しく声をかけるべきか。
もっと踏み込んでほしいのか、そっとしておくべきなのか。
暗く深い淵に沈みこんでしまった父の人生。
いったいどうしたら手を差し伸べらることができるのか――。
本当は、一番近くにいたわたしがもっとうまくやれていたら、こんなことにならなかったのかもしれない。
もしかしたら、腫れ物に触るようなわたしの接し方が、ますます父を孤独に追いやってしまったのかもしれない。
わたしがもっと力強く温かい娘だったら。
いや、一緒に住んでいたのがわたしでなく姉のほうだったら――。
あとからあとから湧いてくる自責の念に、胸が押しつぶされそうになる。
そんなとき、思いもよらない不幸な出来事が起こった。
叔父が急死したのだ。
土いじりが趣味で、四季折々の花を絶やすことのなかった温厚な叔父。
父のことも気にかけて、時折ようすを見に来てくれていた。
ちょうど正月の2日、孫たちに囲まれ賑やかな一日を過ごしたあとのことだ。
今日はまたずいぶんのんびり風呂に入っている、よほどいい気分なんだろうと思っていたら、湯船につかったまま亡くなっていたのだという。
今の自分よりよほど生きている価値があるはずなのに。
酔った父は、自分を置いて突然逝ってしまった弟をそう言ってなじりながら、さめざめと泣き、以前にも増して飲み続けた。




