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備忘録2 親を捨てる  作者: 小日向冬子
毒親を捨てて
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45 役立たずな娘

 真っ逆さまに転がり落ちていく父を止めたくて、わたしたちはいくつもの病院を渡り歩いた。しかし、隣町のクリニックから有名な大学病院の精神科まで、どこに行っても結局は同じことだった。


「医者に話をしたところで、何か変わるとは思えねえんだ」


 そう言って、どの病院でも当たり障りのない受け答えに終始しながらお酒を飲み続ける父は、治療の意欲も生きる気力もほとんどないように見えた。



 ある病院では、抗うつ剤だけでなく、アルコールを飲むとひどく気分が悪くなるという薬を処方され、朝に晩に服用した。


 しかし断酒できたのはほんの数日。

 苦痛に顔を歪めながら、それでも飲まずにいられない父を目にするたび、胸の奥がきりきりと締め付けられる。


 お父さんは、おまえといてもちっとも幸せそうじゃない。

 おまえはやっぱり、不本意な娘なのだ。


 心の内から聞こえる声に、息が止まりそうになる。



 なぜだろう。

 なぜわたしはいつまでも、こんな想いにとらわれ続けてしまうのだろう。


 心を病み部屋から出ないわたしをこっそり心配してくれていた父。

 泣きながらお金の無心をしたときの、温かくもどかしそうな声。


 もうわかっているはずなのに。

 口下手で不器用な父なりに、いつも想ってくれていたと。


 わかっているはずなのに、どう自分に言い聞かせても、長い間刻まれ続けてきた痛みに上書きすることができない。


 自分の子どもだから仕方なく愛そうと努力してきたに過ぎないと。

 わたしが存在することを無条件で喜んでいるわけではないのだと。

 そんな皮肉な考えをどうしても拭い去ることができないわたしは、あとからあとから浮かび上がってくる苦い淋しさにがんじがらめになって、いつしか身動きが取れなくなっている。


 父とどう接したらいいのか、どこまで関わったらいいのか。

 どう踏み込んだらいいのか、どのくらい距離をとったらいいのか。


 30年以上の時間をかけてなお、その答えはなにひとつ見つからないままだ。



 そのうえ一つ屋根の下に暮らし三度の食事を共にしている今では、父が食事をとらないこともお酒をやめられないことも、生きるのが辛そうなことも――父の不幸のすべてが、自分の責任のように思えてならないのだった。


 わたしがもっと朗らかでたくましく、父を笑顔にできるような明るい娘だったら。

 もっと細やかに気を使い、父が淋しさを感じないで済むように振舞えていたなら。


 一緒に暮らす間にどんどんひどくなっていった父の病状が、やっぱりおまえは役立たずだと言っているようで、いたたまれなかった。




 だから、病院探しに奔走した。


 父に必要なのは、適切な医学的治療。

 いい病院が見つかりさえすれば、父は元気になれるのだ。


 そう考えることで、父を幸せにできないと自分で自分を責め続ける苦しみから、逃れようとしていたのだと思う。

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