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備忘録2 親を捨てる  作者: 小日向冬子
毒親を捨てて
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39 ささやかな前進

 ハルキの幼稚園が決まると、わたしは本格的に仕事を探し始めた。


 しかし夫の実家で過ごした5年の間に時代は大きく変わり、事務系の求人はほとんどパソコンが必須条件になっていた。

 そのうえ小さな子供がいて残業もできないとなれば、仕事はかなり限られる。


 それでも新聞の折り込みチラシや電柱の貼り紙を丹念に探し、ようやく採用されたのは、実家から自転車で5分ほどのところにある小さな会社の軽作業だった。


 働いているのは地元の主婦ばかりが数十人、ベルトコンベヤーの上を流れてくるお菓子や日用品の検品、部品の取り付け、箱詰めなどが主な仕事だ。


 簡単な作業だと思っていたが商品が流れてくるスピードは思いのほか速く、慣れないうちはついていくのも難しい。もたもたするとすぐさま怒声が飛んできて、ベルトコンベアーが動いている間は一瞬たりとも気が抜けなかった。


 出来上がった商品は大きな段ボール箱に入れられ、パレットと呼ばれる台の上にきっちりと積み上げられていく。1パレットに数十個、それを何パレットも作る。多い時には数時間で400個以上の段ボール箱を運ぶ。


 天井が高い倉庫は空調もなく、夏は汗だくでTシャツに塩の模様が浮き出るほどだ。秋が過ぎ底冷えする冬を越し、気がつくとわたしの膝の軟骨は変形してしまっていた。


 主婦のパートにありがちな派閥争いや、無責任な噂話や陰口にも事欠かない。実際それが原因でやめていく人もいた。


 しかしパソコンさえ使えない今の自分が別の仕事を探しても、同じようなところにしか行けないのはわかりきっていた。だから、ただ黙って毎日働き続けた。




 洗濯を済ませてハルキを園に送り届け、そのまま夕方まで働く。疲れた体をひきずるように夕飯のしたくにとりかかり、片付けが終わるとハルキをお風呂に入れて寝かしつける。


 遅くに帰る兄と夫が夕飯を済ますのを待って皿を洗ったりしていると、あっという間に自分も寝る時間だ。


 毎日がその繰り返しで体はくたくただったが、それでも夫の実家で過ごした日々を思えば辛いとは思わなかった。


 月々の返済を済ませれば手元に残るお金はほんのわずかだったけれど、少なくともコツコツ積み上げたものがあっという間に奪われてしまうあの虚しさを味わうことは、もうないのだ。




 そうこうするうちに夫も長期の派遣の仕事を見つけ、半年ほどするとそのまま正社員としての採用が決まった。


 わたしも今より条件のいい仕事に就けるようにと、少しずつパソコンの勉強を始めた。



 休みの日にはお弁当を作って、親子3人で公園に出かけた。


 ローラースケートにバドミントン、自転車の練習。


 それらの道具をそろえることすら当時のわたしたちにとっては痛い出費だったが、ハルキにはできるだけ普通の暮らしをさせてやりたかった。


 自分たちが子供のころに抱えていた救いようのないほどに淋しく惨めな気持ちを、この子にだけは味合わせたくない。

 それがわたしと夫の、一番の願いだった。




 そうやって、ほんのわずかずつでも前に進もうと必死だったわたしたちは、だからこそすぐには気づくことができなかったのかもしれない。


 その陰で父が、ひっそりと壊れつつあることに――

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