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備忘録2 親を捨てる  作者: 小日向冬子
ふたりで生きていく
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3 大切なものは

 早起きして2人分のお弁当を作り、彼と一緒に駅に向かう。満員電車にすし詰めで都心に向かって1時間、通勤だけでへとへとだ。


 それでも「冬子の料理はおいしいなあ」と言ってもらえるのが嬉しくて、お昼休みは料理雑誌とにらめっこ、仕事を終えて帰ってくれば、休む間もなく夕飯の準備にとりかかる。


 週末も2人で掃除、洗濯、食材の買い出しに下ごしらえとフル回転。その合間を縫うように、実家へもまめに顔を出す。


 忙しいながらも満ち足りた日々。


 同じ場所に帰ってこられる幸せ。



 けれどやっぱりいつの間にか、頑張りすぎていたのだろう。


「ちょっとひと休みしようよ」

 そう声をかけられても、やり残している家事が気になってしまう性分。

 手を抜くことが苦手なわたしは、いい妻でありたいと思い過ぎて、どんどん自分を追い詰めていた。




 ある日、疲れて不機嫌な顔のまま家事をこなしていたわたしに彼が言った。


「そんなにしんどいなら、無理してやらなきゃいいじゃん」


 嫌味にしか聞こえなかった。

 このぐらいでいっぱいいっぱいになるなんて情けない、そう詰られている気がして悲しかった。そんな風に言わなくてもいいじゃない、わたしだって頑張ってるのに。



 でも、そうじゃなかった。



「あのさ、冬子は何のために頑張ってるの?」


 あなたのために決まってるじゃない。

 ことばにこそ出さなかったが、不満げに口を尖らせたわたしを見つめ、静かな声で彼は言った。


「俺はね、ちゃんとご飯作らなきゃと思って冬子がイライラして俺たちの間がおかしくなるくらいなら、出来合いのもの買ってきて笑っててくれたほうがよっぽどいい」



 頭を殴られた気がした。



 自分を犠牲にしてでも尽くすのがいい妻だと、彼もそれを望んでいると勝手にそう思い込んでいた。だからどんなに疲れていても必死で台所に立ったのだ。


 でもその一方で、どうして自分だけがこんなにしんどい思いをしているのかと、大好きなはずの相手を責める気持ちが芽生えていたのも事実だった。



「俺、本気で思ってるから。

 いつも母親がぶつぶつ文句言いながらご飯作ってたの、すっごく、嫌だったんだ」


 そう言う彼の瞳が、一瞬暗く燃える。



「だから冬子にはさ、いつも笑っててほしい。

 他のことは、極端な話――どうでもいいと思ってる」


 真っ直ぐにわたしの目を覗き込みながら、そう言い切った彼。



 ああ、わたし、本当に大切に思ってもらえてるんだ。


 じんわり胸が温かくなった。



「……ごめん、そうだよね」


 しょんぼりとうなだれるわたしを見て、彼は「わかればいいよ」とふにゃっと笑う。




 彼はいつもそうやって、突っ走って大切なことを見失いがちなわたしをふと立ち止まらせる。


 それは、その頃も今も変わらない。



 だからこそわたしたちは、その後の信じられないような状況を、乗り越えることができたのだと思う。

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