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備忘録2 親を捨てる  作者: 小日向冬子
修復不可能
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29 未来への一歩

 義父母と同居し4年が経っても、借金の返済は思うように進まなかった。


 父から借りた200万円のおかげで不渡りという最悪の事態だけは免れることができたが、返済するお金はまず利息にあてられるため、元本はなかなか減っていかない。


 この調子では、自分がやりたい仕事に戻るという夫の願いは、いつになっても果たせそうになかった。


 ハルキが3歳になろうとするころに、先の見えないこの状況をどうにか打ち破ろうと彼はある決断をした。今の生活と平行して、半ば強引に将来のための準備を始めることにしたのだ。


 出会ったころにも会社勤めをしながら税理士を目指して勉強していた夫。が、結婚までのバタバタや実家の混乱に振り回されて中断せざるを得なくなっていた。

 その目標をさらに大きく膨らませ、ブランクにしかなり得ないはずのこの期間を逆手に取って、今度は公認会計士にチャレンジするという。


 彼の決断に義父はいい顔をしなかったが、義母はとても喜んでくれた。息子の将来をこのままつぶしてしまうのではないかとずっと案じてくれていたのだ。


 義母の理解と協力を得て、彼は今まで以上に一生懸命仕事をこなし、夕方からは疲れた体をひきずって学校に通うようになった。

 と言っても、授業を受けるわけではない。申し込んだのは学費の安い通信講座。そのテキストを使って毎日自習室で勉強を続けた。



「あいつが抜けると忙しくてかなわん」


 彼がいない食卓で、義父はときおり愚痴をこぼした。


「わたしがその分やるからええやろ。あんたは黙っとき!」


 義母が声を荒げる。


 普段は陽気に軽口を叩いてくる義父も、旗色が悪くなるととたんに相手を責め始めた。小競り合いは日常茶飯事、情けないことに夫がいないとそれはたやすくエスカレートした。

 ただでさえ小さなハルキを抱えて余裕がなかったわたしは、いつも気疲れと不安と泣きたい気持ちでいっぱいだった。

 それでも将来のためギリギリのところで踏ん張っている彼を思うと、とても弱音を吐くことなどできなかった。



 勉強をはじめてしばらくすると、夫はずっと考えていたもうひとつの計画を実行に移した。

 それは、前回以上にまとまった額をわたしの父から借りることだった。


 今のまま高い利息だけを返していても埒が明かない。それはこの4年間が充分過ぎるほどに証明してくれていた。

 この生活から抜け出すためには、恥をしのんでもう一度父に頭を下げるしかなかった。金利の高いサラ金や商工ローンの分をいったん肩代わりしてもらい、その分を父に返していくのだ。


 彼は何日もかけて今後の返済計画や借用書を作り、月々の収支もすべてさらけだし、将来の見通しも含めて父に丁寧に説明をし何度も頭を下げた。


 が、このときも義父はまったく関わろうとせず、いつものようにただ逃げ回るだけだった。


 ずっとあとから知ったことだが、実はこのとき父はずいぶん悩んで珍しく兄にも相談をもちかけていたという。が、私たちの前ではそんなことはおくびにも出さず、黙って大金を工面してくれた。




 ようやく未来にかすかな希望の光が見えてきた。

 時間はかかったとしても、いずれは自分達らしい暮らしを手に入れることができる。義父母とも袂を分かつことができる。そう思うと、苦しい生活にも耐えられそうな気がした。


 が、運命とは実に皮肉なもので、そうして一歩を踏み出したと思った矢先にとんでもないことが起こった。


 義母が突然、病に倒れたのだ。

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