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備忘録2 親を捨てる  作者: 小日向冬子
新しい家族
25/57

25 柔らかな心

 見知らぬ土地での不安に揺れながらの子育て。

 それでも毎日散歩にでかけ児童館や公園に通ううち、少しずつ知り合いが増えていった。

 体が大きくことばも早かったハルキはみんなに可愛がられるようになり、わたしの負い目や心配をよそにすくすくと育っていった。



 そうして1歳半をすぎたころ、いつものように家の周りをふたりで散歩していると、近所の子どもたちが遊んでいるところに出くわした。


 少し大きいの男の子たちは、ヒーローの真似をして元気いっぱい走り回っている。

 それを見ているハルキも大はしゃぎだ。


「あかいのがね、そっちにつよくなるんだ!」


 嬉しそうにカタコトでおしゃべりするハルキ。

 大人たちは意味のわからないことばにも、「そうだね、つよくなるんだよね」と相槌をうってくれる。


 ところが、ひとりの男の子がそれを聞きつけて、わたしたちの前にやってきた。

 そしてハルキをじろりとにらむと、吐き捨てるように言ったのだ。



「なに言ってんの? おまえの言うこと、全然わかんねえよ!」



 ハルキの顔が、怯えたように固まった。

 そして次の瞬間、真っ赤な顔をくしゃっと歪めて大声で泣き出した。



「お兄ちゃんね、ハルキの言ってることがよくわからなかったんだって。いじわるしたんじゃないんだよ」


 けれど何を言っても泣きやまず、わたしの背中に隠れて出てこようとしない。

 なだめながらなんとか家に連れ帰った。


 年の割に小柄だったその子はきっと、似たような背丈のハルキを同じ年頃と思い込んだのだろう。

 まあよくあることだとたいして気にもとめず、次の日になればケロッとしてまたみんなと遊び始めると信じて疑いもしなかった。



 けれど翌日、いつものように自転車で児童館に行こうとすると、ハルキが急に泣き出した。


「いやだ~~~、いかない~~~」


 渾身の力を込めて抵抗するハルキ。

 初めて見るわが子の姿だった。




 それからというもの、ハルキは子どもという子どもを拒絶するようになった。

 公園に行こうとしても、近所の友達が誘いに来てくれても、泣きそうに顔を歪めてわたしの後ろに隠れてしまう。


 最初こそ、「大丈夫だよ」となだめながら子どもたちの輪に入れようとしてみた。

 けれどそのたびにあまりに泣いて嫌がるので、最後にはあきらめざるを得なかった。

 これ以上強引なことをしたら取り返しのつかないことになる、そんな気がしてならなかった。


 あまりに繊細で柔らかいハルキの感受性。


 こんなにも傷つきやすい心を抱えて、この子はこの先どうなってしまうのだろう。

 そしてわたしは、どうしてやったらいいのだろう――。




 それから1年近くの間、毎日のようにハルキを連れて、子どもたちが「見える」場所で遊んだ。


 公園のフェンスの外側に咲くタンポポを摘み、遊具から遠く離れた砂場でトンネルを掘る。


 顔見知りのママたちは、一緒に遊ぼうと何度も声をかけてくれた。

 けれどそのたびにハルキは、泣きそうな顔で後ずさっていく。


「ありがとうね。でも、まだ無理みたい」

 ていねいに断わりを入れ、ふたりぼっちでまたしょんぼりと遊び始める。


 珍しい遊具。

 カラフルなアスレチック。

 気持ちのいい木陰。


 友だちと遊べないならせめて少しでも楽しい場所に連れて行ってやろうと、自転車で市内の公園をくまなく探した。

 子どもたちが外に出てこないような木枯らしの吹く日や夏の暑い日は、誰もいない公園でたったふたりで遊んだ。


 外遊びと同じくらい絵本も大好きだったから、図書館にもよくつれていった。

 人のいい近所のおばちゃんが何かとかまってくれることにも救われた。



 けれどもどこにいても、楽しそうに友だちと遊ぶ子どもたちを目にするたびに胸が痛む。

 待つしかないとわかっていても、それはとてもさびしく辛い時間だった。



 そうして季節は巡り、ハルキは孤独のままに2歳の夏を迎えた。

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