24 ハリボテ
幼いハルキに怒りをぶつけ、もう決してこんなことはしないと涙ながらに誓ったそのあとも、抑えがたいほどの衝動は何度となくやってきた。
大丈夫、あのときはたまたま疲れていただけだと何度も自分に言い聞かせ、本当にそんな気がしてきたころに、また些細なきっかけでスイッチが入る。
そうなったが最後、嵐に翻弄される小舟のように、どうにもコントロールができなくなってしまう。
必死に抑えつけ、それでもやはり止められず、爆発しては自分を責める繰り返し。
鬼のような形相のわたしに怯えたあとでさえ、怒りが去ってしまえば、ハルキは変わらず「ママ、ママ」と慕ってくれる。
そのことがたまらずに、また自分を責めた。
ハルキが眠ると心底ホッとした。
今日一日、かろうじてやり過ごすことができた、と。
「こんなママでごめんね」
何度もそう呟きながら、やがてまた来る朝に怯える。
ごめんなさい、本当にごめんなさい。
神様どうか、明日もキレずにいられますように。
胸に染みついた罪悪感を打ち消そうとするかのように、わたしはますます熱心にハルキの世話に没頭した。離乳食に絵本の読み聞かせにお散歩と、わが子のために労を惜しまない姿は、周囲には献身的な母親と映っていたに違いない。
わたしだけが知っている。
人々が見ているのはただのハリボテ。
わたしはただ、怒りを抑え込むために愛情深い母親のように振舞っているにすぎないのだと。
だから、彼に苦しい胸の内を打ち明けた時も、わたしが感じているほどには深刻に受け止めてもらえなかったのだと思う。
「いつもハルキのこと任せっぱなしでごめんね。
家のこともよくやってくれて、冬子には本当に感謝してる。
ハルキも、まだ言ってわかる年じゃないから、本当に大変だと思う。
冬子がイライラするのは当たり前だよ。
でも大丈夫、冬子の愛情はちゃんと伝わってるはずだから」
ひとこともわたしを責めることなどなく、労わりのことばをかけてくれる彼。
それはわたしにとって救いでもあり、同時に絶望でもあった。
違うのだ。
疲れてるとかいう話ではなくて。
休んだら落ち着くとかいうことではなくて。
気にし過ぎだとかじゃなくて。
もっと、もっと深いところで、何かが狂ってる。
あの、キレて暴走する感覚。
最後には、自分で自分を抑えきれなくなる底知れぬ恐怖。
子どものころ、さっきまで笑っていた父が、いきなりキレて茶碗を床に叩きつけたことを思い出す。
人ではなく物に当たるところまで、わたしは父にそっくりだ。
恐ろしくて仕方なかった。
このままでは、わたしがハルキを壊してしまうかもしれない、と。
けれど、それ以上どうやってそれをことばにしたらいいのか、そんな自分をどう扱ったらいいのか、そのときのわたしにはまったくわからなかった。
ただ胸に広がる不安を打ち消すように、犯した罪を償うかのように、必死にハルキの世話を続けた。




