23 キレる
このお話には虐待的な内容が含まれます。
わたし自身の内面的な必要性に駆られて書いたものですが、そういったものに抵抗感の強い方、触れると苦しくなる方はどうか読むのを控えてくださるようお願いいたします。
ハルキがよちよちと歩きはじめ、片言のおしゃべりをするようになったころ、ベビーサークルと呼ばれる組み立て式の囲いを買った。
その中で遊ばせている間に家事をこなすことができ、まだ目が離せない時期には大変役に立つシロモノだ。
内側には、色とりどりの小さなボールが入った透明なプラスチックのおもちゃがついていた。ハルキはそれがお気に入りで、ぐるぐる回しては赤や青や黄色のボールが跳ねるようすを眺めて喜んだ。
あるとき、ハルキが中のボールを欲しがった。
「これ、ちょうだい、ちょうだい」
指をさし、何度もせがむ。
困ったな、と思いながら、できるだけ丁寧に言い聞かせた。
「ダメだよ、これはね、取り出せないんだよ」
が、まだ理解できるはずもなく、無邪気なしつこさでねだり続ける。
「これ、これ、ちょうだい」
繰り返される埒の明かないやりとりに、胸がざわざわと波立っていく。
「だから、これは、取れないのっ」
思わず声を荒げるわたしを、キョトンとした顔でハルキは見つめる。
「ちょうだい?」
「ああ、もう――」
ダメだと言っているのに、どうしてわからないのっ。
胸の奥で怒りが激しく渦を巻く。
が、それでもハルキはあきらめない。
「ちょうだい、ちょうだい」
あどけない頑固さへの苛立ち。
それを笑ってあしらえない自分に対する嫌悪。
ただでさえいっぱいいっぱいの心の中で、何かがプツッと切れた。
わからないなら、思い知らせてやるとばかりに、どす黒い使命感が一気に膨れ上がっていく。
「わかったよ、あげればいいんだね」
堰を切った暗い激情に身をまかせ、力の限りにおもちゃを拳で叩き続けた。
ガン、ガンガンガン……
厚いプラスチックにひびが入っていく。
なのに拳に痛みを感じない。
頭の中は痺れて真っ白だ。
ただ事ではない雰囲気に、ハルキが怯えて泣き出す。
「やめて、やめて~」
けれど、走り出した怒りはもう止められない。
「なんで? ハルキが欲しいって言ったんだよ。これをちょうだいって言うのは、こういうことなの。ねえ、わかった? わかったの?」
真っ赤な顔で泣きじゃくりながら、ただうなずくハルキ。
荒れ狂う嵐が去っていくようにようやく怒りが静まると、放心状態でしばらく動けなかった。
あとに残ったのは、感情を放出し尽くした脱力感、そして深い自己嫌悪。
わたしは何をやっているんだろう。
こんな幼い子どもの、ほんの小さな我儘さえも許すことができないなんて。
最低。
母親失格。
情けなくて、涙が出てきた。
「ハルキ、ごめんね……」
もうこんなことは絶対しない。
しちゃいけない。
そう心に誓いながら、柔らかくて温かいハルキの体を懺悔するようにぎゅっと抱きしめた。




