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備忘録2 親を捨てる  作者: 小日向冬子
新しい家族
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21 崩れたバランス

 義父も義母も、初孫であるハルキが可愛くて仕方がないようすだった。

 仕事の合間にちょこちょことようすを見に来ては、やれこっちを見たの、やれ笑ったのとふたりで大騒ぎしている。


 が、それと同時に、家の中の空気は微妙に変化しはじめてもいた。


「やり方をどうこう言う前に、そもそもこの枚数を3人で納めるのが無理なんやないのかっ」

 休憩中の台所から聞こえてくる、吐き捨てるような義父のことば。


 仕事場でどんなやりとりがあったのかはわからない。

 が、疲れて苛立った彼のようすや義母の気遣わしげな表情からも、義父と彼が上手くいっていないのは明らかだった。


 気分屋でだらしがない義父と、責任感の強いしっかり者の彼が一緒に働くのだ、衝突するのは時間の問題だったのかもしれない。

 それでも、わたしが抜けたぶんをカバーするために、ふたりとも必要以上に疲れてイライラしているのではないかと思うと、いたたまれない気持ちになった。


 そんなわたしの心を見透かすように彼は言った。

「仕事のことは気にしなくていいから、冬子はハルキのことを考えてあげて。せめて3歳になるまでは一緒にいてやってほしいんだ。大丈夫、俺がその分がんばって働くから」


 いわゆる3歳児神話の是非はよくわからない。

 が、ハルキには幼い頃の自分のような想いを決してさせたくないという彼の気持ちは、痛いほどに伝わってきた。




 1週間2週間と経つうちに体はだいぶ回復し、わたしはハルキの世話の合間をぬって、洗濯物をとりこんだり風呂を掃除をしたりと目につく家事にあれこれ手を出すようになった。

 そのたび義母は「まだ動き回ったらいかん」と叱ってくれたが、みんなの険しく疲れた顔を見ると、自分だけじっとしているわけにはいかなかった。


 そうやって追い立てられるような毎日を送るうち、心も体も思う以上に疲れていたのだろう、どんどん母乳が出なくなっていった。


 授乳の最中に、ハルキが真っ赤な顔で怒り出す。

 と、泣かせてはならぬとばかりにあわててミルクを作り足す。

 そのタイミングは、日に日に早くなっていった。


 母乳で育てることもまた母性の証しのように思い込んでいたわたしは、焦り、ますます追い詰められていった。


 ごめんね、ごめんね。

 こんなお母さんでごめんね。


 心の中で謝りながら、小さな口元に哺乳瓶を傾ける。




 が、そんな中でもハルキは順調に大きくなっていってくれた。

「丸々とした元気な赤ちゃんね」と褒められるたびに、ほっと胸をなでおろす。


 大丈夫、自分はちゃんとやれている。


 わずかでもそう思うことができる瞬間にすがりつきながら、もがくように子育てを続けた。

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