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備忘録2 親を捨てる  作者: 小日向冬子
新しい家族
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20 戸惑い

 「こども産んで1か月は、無理したらあかん」

 義母がそう言って家事を全部引き受けてくれたので、しばらくのあいだはハルキの世話だけをしていられた。


 それでも授乳にオムツ替えに沐浴に、洗濯に哺乳瓶の消毒と、やるべきことはいくらでもある。ろくに眠らず動き回るうち、妊娠中しっかり増えた体重は面白いように減っていった。


 周囲はもっと休めと言ってくれたけれど、そんな風に忙しく「作業」をしているほうが、疲れはしても気は楽だった。

 わたしがなにより苦手だったのは、ハルキと向き合うことだったから。


 わたしの中の愛情深い母親のイメージは、わが子に笑顔を向けて優しく語りかける姿。

 けれどいざ自分がその立場になると、どうしたらいいのか皆目見当がつかない。

 ふたりきりの空間に戸惑うばかり、笑顔も何のことばも出てこないのだ。



 昔から、人と接するのが苦手だった。

 中でも子どもと目が合うと、それが小さい子であるほどに全てを見透かされているような気がして、どうしていいかわからなくなる。


 友達はたいてい赤ちゃんを見つけると、「わあ、かわいい!」とか言ってそばに駆け寄り争うように抱っこしたがるのに、わたしは不自然なほどに固まってしまう。


 子どもが嫌いなわけではない。

 ただ、どうしていいかわからないのだ。

 そもそも、かわいいとか触りたいとかいう感情が何も湧いてこない。


 けれどさすがにお腹を痛めた自分の子どもとなればそんなことはないだろうと、希望的観測を抱いていたことは否めない。

 が、そんな期待はあっという間に崩れ去った。


 我ながら情けないと思いつつも、ひきつった笑顔を作り、やっとの思いで「……ハルキ?」とひとこと呼びかける。


 精一杯愛そうと心に誓ったはずなのに、わが子との間に流れているのは愛情よりも緊張であることが情けなかった。


 今思えば仕方ないことなのだ。わたしが抱いていた理想の母のイメージは、自分が味わったものではなくて、本やテレビから培った現実感のないものにすぎなかったのだから。

 でもそのときはそんな風には思えずに、ギクシャクとわが子に接する自分を心の中で責め続けていた。




 それ以上ハルキをどう愛していいかわからなかったわたしは、布オムツを使ったり日に何度も沐浴をさせたりと、手間をかけることが愛情なのだと思おうとした。

 ダメな母だという負い目を、身を削るように尽くすことで埋め合わせようとしていたのかもしれない。


 それでも、陽気にあやす義父母を見てハルキがはしゃいだり、義母の胸に抱かれてピタリと泣きやんだりすると、わずかばかりの自信など木端微塵に吹き飛んでしまう。


 そんなとき彼はいつも励ましてくれた。

「冬子は充分やってるよ。それに、なんだかんだ言ったって母親は冬子なんだから、もっと自信を持ちなさい」


 でも、どうしてもそうは思えなかった。


 どうやって愛したらいいのだろうか。

 ちゃんと愛せているのだろうか。


 そんな不安に揺れながら、追われるように日々を過ごした。

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