19 彼の淋しさ
生まれた赤ん坊はすこぶる健康で、よく動き、ミルクをたくさん飲み、ぐっすりと眠った。
わたしたちはその子を『ハルキ』と名付けた。
ベビー服や布おむつ、ベビーベッドにベビーバス。育児用品のほとんどは、知り合いがお古を譲ってくれた。
この先もきっと、贅沢などはさせてやれないだろう。
でもその代わり精一杯愛情をこめて育てよう、そう心に誓った。
夫が生まれたころのことを、義母が話してくれたことがある。
暮らしは貧しく義父は家に寄りつかず、義母は家計を支えるために、彼を段ボール箱の中に寝かせたまま、毎晩夜中まで必死にミシンを踏んでいたのだと。
古い借家の薄暗い裸電球の下。
聞こえてくるのはミシンの音だけ。
誰に笑顔を向けられることもなく、あきらめたようにただ天井を見つめている赤ん坊。
そのうらさびしい光景が彼の心に刻まれた最初の記憶かと思うと、胸が締め付けられるようだった。
おとなしく手がかからない子どもだった彼は、その後重い病気にかかり、長く入院することになる。
その経験も、その後の彼を形作る大きな要因だったろう。
「お袋はときどき子供向けのジグソーパズルを持ってやってきて、『また明日来るから、お利口で待っててね』って。
でも、次の日になんか来やしない。
だから、いつもひとりでジグソーパズルを延々と作っては壊し、作っては壊して遊んでた。
そういう、暗い子どもだったんだ」
なんでもないことのように言ってのける彼の笑顔を見たときに、しんしんと積み重ねられてきたこの人の淋しさを思い切り抱きしめてあげたい、そう思った。
大声で泣き、我儘に愛を求めるハルキ。
わたしはそこに、幼い頃の彼の姿をだぶらせた。
ずしりと温かく健やかな重みを抱きあげるたびに、その奥に幼い頃の彼の孤独が潜んでいるような気がしてならなかったのだ。
ここにいてもいい?
生きていてもいい?
自分勝手で何の役に立たないこのボクを、それでも愛してくれる?
試すように、確かめるように、何度でも繰り返されるその問い。
その答えがついぞ得られなかったことが、彼の、そしてわたしの苦しみの根っこではなかったか。
それならば、わが子を愛し尽くすことを通して淋しかった子ども時代を生き直すことができるのではないか。
その衝動に突き動かされるように、夜も昼もなく泣きだすハルキを抱き上げてはミルクを与え、オムツを替え、熱心に世話をし続けた。




