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備忘録2 親を捨てる  作者: 小日向冬子
新しい家族
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18 息子の誕生

 夏物衣料の出荷がピークを迎えるゴールデンウィーク前。

 仕事場には、連休に入るまでに納めなければならない商品が山積みになっていた。


 その日も朝から4人でフル回転、義父と彼が黙々とアイロンをかけ、義母とわたしがたたんで袋に入れていく。


 臨月を迎えてからは、ますます思うように動けなくなっていた。

 お腹も張るし、すぐに疲れてしまう。


 おまけにあさっては出産予定日。


 正直めちゃくちゃしんどかった。

 でも、休むわけにはいかない。

 納期は、待ってくれはしないのだ。


 あえぐようにひたすらに作業を続ける。


 ――いい子だからまだ出てこないでね。あと少し、これが終わるまで待っててね。

 お腹の子どもに語りかけながら、延々とブラウスをたたむ。


 なんとかギリギリ納期に間に合わせ、できあがった商品をぎっしりと積み込んだワンボックスカーを見送った。

 すると、まるでそれを待っていたかのように、陣痛が始まった。




 翌朝、息子は無事この世に生を受けた。

 4kg近くもある大きな赤ちゃんだった。


 ふくよかなほっぺにきゅっとしまった口元、よく動く小さな手足。

 両手に感じる確かな重み、生きている匂い。


 あったかい。


 すっかり力を使い果たしたはずの体の中に、満ち足りた想いがひたひたと広がっていく。



「冬子、本当に、ありがとうね。よくがんばってくれたね」

 かみしめるような彼のことばに、知らず涙がにじむ。


「仕事が終わるまでちゃんと待っててくれたんやて。こりゃ、親孝行な子だわ」

 そう言って相好を崩す義父母。



 知らせを受けて、父と兄もお祝いに駆けつけてくれた。

 戸惑いながらもそっと息子を抱っこしてくれた父の、慈しむようなとろける笑顔に胸がいっぱいになる。



 以前、尋ねてみたことがある。

「孫って、そんなに可愛いもの?」

 姪っ子たちに向ける父の顔が、それまで見たことがないほどに嬉しそうだったからだ。


 そのとき父は、ちょっと照れたようすで、ぼそりと答えた。

「子どもができたときも可愛いと思ったけど、孫がまた、こんなにも可愛いものだとは思わなかった」


 そんな風に思ってたなら、もっと早くにことばにしてくれたらよかったのに。

 ちょっぴり恨みがましい気持ちになったことを覚えている。


 その父が今、手放しでこの子の誕生を喜んでくれている。

 そこはかとない淋しさを抱え続けてきた心が、しんみりと癒されるような気がした。




 が、その幸せは、新たな葛藤の幕開けでもあった。




 退院の日、彼が運転する車の後部座席にクーハンを置き、赤ん坊を中に入れた。

 その傍らに寄り添い、すべすべのほっぺを眺めながら思った。


 もしここで事故が起こりでもしたら、わたしはどうやってこの子を守ればいいんだろう。


 そのときは、はじめて味わう身のひきしまるようなこの感覚こそが親としての自覚なのかと感慨深くさえ思った。


 けれどわたしの中にあったのは、実は温かい親の情ではなくて、堅苦しい使命感だった。手放しでかわいいと感じられないままに、まず果たすべき使命ばかりを考えてしまう四角い心。


 それはのちにわたしと息子との関係に、ある種の緊張を生み出していくことになった。

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