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備忘録2 親を捨てる  作者: 小日向冬子
借金まみれの日々
16/57

16 このお金だけは

 彼の家の切羽詰まった状況は、それまで誰にも話していなかった。

 親にも、兄弟にも、友人にも。


 そんなわたしが電話口でいきなり号泣したことで、父はすべてを察したのだろう。すぐさま指定した口座に200万を振り込んでくれた。


 そのおかげで、なんとか不渡りだけは出さずに済んだ。


 けれどこれで終わったわけではない。


 母の貯めてくれた300万をつぎ込み、今また200万を借りてもなお、首の皮一枚でつながったギリギリの状態。

 この先を考えると、暗澹たる気持ちになった。



 季節的なものだろうが、仕事の量はまた増えてきた。だが、それがいつまで続くかはわからない。

 次の返済の時期も、そのときお金があるのかどうかもわからなかった。

 彼に聞いても「冬子はそんなこと心配しなくてもいいよ」と力なく笑うだけ。


 それでも日に日に疲れ果てて行く彼の姿を見ていれば、思うようにことが運んでいないことだけはわかる。

 夜遅くに苛立ったようすで仕事場から戻ってくれば、義父と揉めているだろうことも察しがついた。


 こんなことが一体いつまで続くのだろう。

 何も見えないままに、いつ谷底に落ちるかもしれないギリギリの崖っぷちを走っている恐ろしさ。


 わたしはその不安を振り切るかのようにますます節約に没頭し、1円2円の支出を減らそうとやっきになった。



 そんなある夜のことだった。一足先に仕事を終えて部屋でひと息ついていると、階下から何やら怒鳴り声が聞こえてくる。


 彼はあいにく取引先に行っていて留守だった。

 びくびくしながら階段の途中で聞き耳を立てると、どうやら台所で義父母が激しく言い争っているらしかった。


「ええやろ、このくらい。ちょっと借りるだけやって」


 苛立ちの混じった義父の声。

 それを振り切るかのように義母が叫ぶ。


「いかん! これだけは、絶対使ったらいかん!」


 そう言って台所から飛び出してきた義母の頬はひきつり、目は血走っていた。

 そしてわたしに気がつくと、泣きそうに顔を歪めながら震える手を差し出した。


「冬子ちゃん、これな、今度から上に置いといたって」


 義母の手にしっかりと握られていたのは、いつも台所の引き出しに入れていた食費用の財布だった。






 まだ付き合い始めて間もない頃、互いのことをあれこれと語り合ううちに、彼がぽろりとこぼしたことがあった。


「子どもの頃ね、せっせとためた貯金箱の中身、よく親父に持っていかれた」


 冗談のように、でもどこか投げやりな口調でそう吐き捨てた彼。




 その頃から、義父は何ひとつ変わっていなかった。

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