15 親といえども
子どもができたことを告げると、義父も義母も「初孫だ」と大喜びし、「無理したらいかんよ」と口々に優しいことばをかけてくれた。
とはいえ家事も仕事も待ってはくれない。ごはんが炊ける匂いに吐き気をもよおしながら食事を作り、商品にラベルを付け続けた。
彼はいつも、そんなわたしを少しでも休ませようとしてくれた。
「あとは俺がやっとくから」
毎晩遅くまで灯りが消えない仕事場。
自分だって、くたくたに疲れているはずなのに。
ひとり部屋で横になっていると、いいようのない淋しさと不安に押しつぶされそうになり、知らず涙がにじむ。
「こんなママでごめんね、もっと強くならなきゃダメだよね」
そっとお腹に手をあてながら、まだ見ぬわが子に語りかけた。
しかしその子が生まれてくる前に、上向きだった売り上げに翳りが見えてきた。
不景気で衣料品の売れ行きが伸び悩み、人件費の安い海外に工場がこぞってシフトしはじめたのだ。ただでさえ閑散期で仕事が減る時期、あっという間に返済は行き詰まった。
とりあえず利息だけはなんとか払えているが、このままでは遅かれ早かれ限界がくる。その先に待っているのは手形の不渡り、そして自己破産。
悩んだ末に彼が選んだのは、わたしの実家にまとまった金額を借りることだった。
『備忘録』にも書いたが、わたしは幼い頃からずっと、自分の家は貧乏なのだと思い込んできた。そうとしか思えないような暮らしぶりだったからだ。
が、実際は、それほど貧しいわけではなかった。
そのことをはっきりと知ったのは彼と出会う少し前、祖父が亡くなったときだった。世間のことに疎いわたしにも、父が払った相続税がかなりの額だということはわかった。
もちろんそれは広い農地を持っていたからで、決して自由に使えるお金があったわけではない。が、少なくとも、あそこまで惨めな暮らしをする必要などなかったはずだ。
結局あの家では、生きている者の人生よりも、先祖代々の土地を守るほうがずっと大事なことだったのだ。
貧乏人といじめられた子ども時代や、何の贅沢もせずに100円の野菜を売り歩き、苦労続きで生涯を終えた母のことを思うと、やり切れない気持ちになった。
とにかく、わたしの家にそれなりの財産があることを知った彼は、だからこそ頑ななほどに自分たちだけの力で生きようとしてきた。
「本当の意味で、冬子のお父さんに信頼してもらえるようになりたいんだ」
そう言って。
その彼が、プライドもなにもかなぐり捨てて、父に頼ろうとしている。
状況はそんなところまで来てしまっていたのだ。
彼に頼まれた翌朝、実家に連絡をした。
『もしもし?』
受話器をとった父の声が、かすかに緊張している。
そういえばあの家にくる早朝の電話と言えば、たいてい誰かが亡くなった知らせだった。
「ごめん、わたしだけど……」
そこまで言って、ことばに詰まった。
喉に何かがつかえているみたいに、上手く声が出てこない。
『どうした?』
気遣わしげな父の声色に、胸がきゅっと苦しくなる。
怯む心を奮い立たせ、大きく息を吸い込んだ。
「あのね……お金、貸してもらえないかな……」
ハッと息をのむ気配。
が、次の瞬間。
『いいよ。いくらだ? いくらあればいいんだ?』
いつもの寡黙さに似つかわしくないほど必死な声。心配な気持ちが痛いほどに伝わってきて、わたしは不意に泣きそうになる。
どうして。
どうしてこの人にはわかるのだろう。
そしてどうして何も言わず、何も聞かずにすべてを受け入れようとしてくれるのだろう。
もしかしたら、わたしはいつもこんな風に愛されてきたのだろうか――。
「に……にひゃくまん……」
やっとの思いでそれだけ告げると、あとはもうことばにならなかった。
気がつくとわたしは、受話器を握りしめたまま激しく嗚咽していた。
「手形が……不渡り出しそうで……」
しゃくりあげながら必死に説明しようとするわたしに、父はただ繰り返す。
『わかった、わかったから。大丈夫だからな』
受話器の向こうから伝わってくる父の温もりに包まれて、わたしは小さな子どもみたいに、いつまでもおんおんと泣き続けた。
父は、そのあと電話を代わった彼にも、何ひとつ聞こうとしなかった。
ただ、お金を振り込むから口座を教えてくれ、と。
「俺がどれほどいたたまれない気持ちかわかってるから、あえて何も聞かずにいてくれたんだと思う。本当に、すごい人だよ……」
そういう彼の目も、赤く潤んでいた。
かたや義父はこのときも、一切タッチしようとはしなかった。
すべてを息子に押しつけ、いつものようにご機嫌で晩酌をする姿に、彼がずっと抱えてきた苦しみの深さが垣間見える気がした。




