14 希望の命
結婚して間もなく始まった子宮筋腫と内膜症の治療は、義父母との同居後も続いていた。
薬はかなりきついもので、長期間使用することはできない。
それも進行を抑えるだけで、薬を止めればまた悪くなっていくという。
「一番いい治療法は、妊娠することなんです。もしお子さんをのぞんでいらっしゃるんであれば、早いほうがいいですよ」
医師にそう告げられたのは、借金の返済がだいぶ軌道に乗り始めたころだった。
「無理だよ。今だってギリギリなのに、今度は子どもにもお金がかかるようになるんだよ?」
そう言って尻込みをするわたしに、彼はさらっと言ってのける。
「お金はどうにかなるよ。子ども、作ろう」
でも、どうしても肯くことができなかった。
怖かったのだ。
だってもし、その子がわたしのようだったら?
生きていることがただ苦しくて、辛くて、淋しくて。
何が正しくて何が間違っているのか、わけがわからなくて。
自分をできそこないとしか思えなくて。
そんな不幸な存在をもうひとりこの世に生み出すことになるとしたら?
子どもをちゃんと愛せる自信もなかった。
赤ん坊と目があっただけで固まってしまう。
わからないのだ、どんな風に接し、どうやって笑いかけたらいいのか。
そもそも、自分のことで手一杯の人間に、子育てができるなんて思えない。
「無理、ホントに無理」
全身全霊で後ずさりするわたしを、穏やかな声で彼は諭す。
「最初から完璧な親なんていないんだよ。それにね、自分で思っているよりずっと、冬子は愛情深い人間だよ? もっと自信をもちなさい。大丈夫、絶対いい親になれるから」
そう言われてもなお、ひたすらに首を横に振るしかなかった。
想像しただけで恐ろしくて、涙がにじんできてしまう。
「とてもそんな風には思えない……」
頑なに拒み続けるわたしに、彼は小さく優しいため息をつく。
「ねえ、冬子はさ、俺のこと信じてる?」
「うん」
「じゃあね、自分のことが信じられないなら、冬子が信じてる俺のことばを信じなさい」
濡れた瞳で彼を見つめる。
「大丈夫、何があっても俺が支えるから」
「でも……」
「でも、じゃなくて。俺のこと、信じられない?」
「そんなことない、けど……」
「俺は、すごく楽しみだよ。俺と冬子が心から愛し合ってできる子ども」
わかってる。
互いを想う気持ちがあふれ出し、新しい命に繋がりたがっていること。
わかってる。
苦労があっても、きっとその子の存在が乗り越える力を与えてくれるに違いないこと。
わかってる。
もしこのまま子どもを産めなくなったら、きっとひどく後悔するだろうということ。
わかっていても、やっぱり怖くて。
でも彼の笑顔は、力強い希望に溢れていて。
胸の奥で小さな声がする。
大丈夫、わたしがどんなに弱っちくても、この人が必ず支えてくれる。
彼は決してわたしを裏切ったりしない。
今までも、そしてこれからも。
大丈夫、勇気を出してごらん。
ほどなく、不思議な体験をした。
お腹のずっと奥のほうで、ほんの小さな温もりが突然ポッと灯るのを感じたのだ。
直感した。
赤ちゃんだ、と。
医学的にはありえない話かもしれない。
でも息子は確かにそんな風にして、情けないわたしのところにかすかな希望の光をまとってやってきてくれたのだった。




