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備忘録2 親を捨てる  作者: 小日向冬子
借金まみれの日々
12/57

12 諸悪の根源

 借金と仕事と家事に追われながらの全力疾走の日々。とてもハードだったけれど、それなりに充実した期間でもあった。


 ひと月もするとラベルをつけたり畳んだりといった作業にも慣れ、段取りも上手くなった。

 安い食材で精一杯作った料理も、ぺこぺこにお腹をすかせたみんながおいしそうに頬張ってくれた。


 家族全員が持てる力を出し切って、ひとつの仕事をやり遂げていく喜び。

 自分のようなものでも、ちゃんと役に立っているという実感。

 追い詰められた状況の中で芽生えた小さな自信が、少しずつ膨らんでいく。 


 売り上げも伸びはじめ、このまま何もかもが順調にいくのではないかと思われた。




 が、そうやってみんなでせっせと積み上げてきたものをあっという間に台無しにするのが、義父という人間だった。




 義父は一見、陽気でおしゃべり好きなお調子者のオヤジだ。


 この家に初めて挨拶に来たときは、ガチガチに緊張していたわたしを「遠いとこようきてくれたなあ。道中だいぶ疲れたやろ」と人懐っこい笑顔で迎え入れてくれた。


「あんたは黒がよう似合うわ」

 帰り際にはそう言って、仕事場にあった黒のブラウスやらカーディガンを何枚も持たせてくれた義父。


 だから悪いイメージなんて、少しも持っていなかった。




 しかし、ずっと一緒に暮らしていれば嫌でもわかってくる。


 気前がいいように思えたのは、見栄っ張りでお金にだらしがないからだ。


 お金さえあれば上機嫌。

 先のことなど考えずに、あればあるだけ使ってしまう。


 この家の借金がどうしてここまで膨らんでしまったのかがよくわかった。



 義母も彼も、そんな義父にずっと苦労させられてきていた。


 子どものころ、借金取りがドンドンとドアを叩くのを、母親と姉と3人でじっと息をひそめてやり過ごしたっけと彼は笑う。


「あの怖さったらなかったよ。親父はいつの間にかいなくなってるし」



 それは、今でも同じだった。

 銀行や商工ローンの人が尋ねてくるたび、必ず姿をくらます義父。


「お父さんはいつもそうなんだわ。都合が悪くなるとすぐ逃げる」


 苦々しげに義母が吐き捨てる。



 そんな母親の苦労をずっと見てきた彼は、何があっても決してそこから逃げようとはしなかった。

 蔑むような態度をとる相手にもひたすらに頭を下げ、約束した期日を守り続け、着実に信頼をかちとっていく。


「息子さんが帰ってきてくれて、本当によかった」


 義父に振り回されてきた取引先は、口をそろえてそう言った。




 一方義父は、仕事はなんとかこなすものの暮らしは少しも変えようとせず、暇ができればふらりとパチンコにいき、今までと同じように遊び仲間と旅行にでかけようとする。


 やがて、月々の小遣いが足りないと騒ぎだした。


「俺はこんなにしんどい思いをして働いてるのに、これっぽっちしかもらえないのはどういうわけだ!」


 3万円が多いか少ないかはわからない。だが少なくとも、借金まみれのわが家にとっては大金だ。



 しんどいのは自分だけだとでも思っているのか。

 そもそもこんな状況になっているのは、一体誰のせいなのだ。


 言いたいことは山ほどあったことだろう。それでも彼は怒りをこらえ、義父の小遣いをギリギリまで増やした。

 この人に言っても無駄だと、よくわかっていたからだ。



 彼は以前にもましてお金を使わなくなった。下手に使えば、それなら俺もと義父の金遣いがますます荒くなるのは目に見えていた。


 だから5年間そこに住んでいたけれど、近くの観光地もおいしい店も、いや、すぐそばの喫茶店さえほとんど行ったことがない。


 彼には最初からわかっていたのだろう、義父を抑え込めるかどうかが、この家を立ち直らせるための鍵だということが。




 しかしそんな彼の努力も空しく、何ヶ月かすると今度は義母名義のカードでキャッシングされていることがわかった。


 小さな金額だからと最初に完済したはずなのに、そっくり同じ額がまた引き出されていたのだ。



 それを知った彼の握りこぶしは、小刻みに震えていた。



 義父は、そういうことを平気でやってのける人間だった。

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