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備忘録2 親を捨てる  作者: 小日向冬子
借金まみれの日々
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10 リセット

「いくら借金取りでも、命まではとっていかんからな」

 これが当時の義父の口癖だ。


 だが、たとえすぐには死ななかったとしても、水道や電気が止まればまともな暮らしはできなくなる。



 わたしが託した300万で彼はまず、光熱費などの真っ先にすべき支払いを済ませた。


 そのあとに、家のローンを組んだ銀行や事業資金を借りている商工ローン、そして税金関係をためこんでいる市役所の担当者を尋ねて回った。



 正直に事情を話して何度も何度も丁重に頭を下げ、現実的に毎月支払えそうな額を提示して、返済計画を立て直させてもらう。


 ありがたいことに、少しずつでもちゃんと払う意志があるとわかると、ほとんどのところはそれを受け入れてくれた。

 とりあえず、今すぐ首をくくらなければならない事態だけは免れることができた。





 そんな彼が次に手をつけたのは、家中の大掃除だった。


 義母はどうやら、物を捨てられない人らしかった。

 仕事場、台所、押入れ、あらゆる場所にごちゃごちゃと物が積み重ねれられ、冷蔵庫にも賞味期限切れの肉やしなびた野菜がぎっしりと詰まっている。


「仕事が忙しくて、片付けるひまなんてないわ」

 義母の言い訳をよそに、彼は不要と思えるものを容赦なく捨て始めた。


 台所の棚からは古い弁当箱や蓋のない保存容器やしわしわのビニール風呂敷に埋もれて、存在自体を忘れられていた新品の調理道具がいくつも出てきたし、押入れの天袋には変色しぐちゃぐちゃに丸まった洋服やハギレが、これでもかというくらい詰め込まれていた。


「それはとっといて。いつまた何も買えない暮らしになるかわからんし……」


 おろおろと不安げにつぶやく義母。


「こんなの絶対もう着ないって。ほら、色だって変わっちゃってるし。これじゃ、とっておいても意味ないから」


 そうばっさりと切り捨てられて、しぶしぶあきらめる。



 そんなやりとりを何度も繰り返しながら、カオスだった場所から少しずつ物が減っていく。


 あとはひとつひとつ置き場所を決めて、わかりやすく収納していくだけだ。分類し、仕切りを作り、すぐに取り出せるように工夫を凝らすのはわたしの仕事。


 抵抗していた義父母も、物があるべきところにすんなりと納まっていくのを見て、最後にはすべて任せてくれるようになった。


 不用なものに占領されてすっかり身動きがとれなくなっていた家の中に、やっと風の通り道ができた気がした。





 彼はさらに、新しい仕事を開拓し始めた。


 これまでは、なじみの会社から仕事がくるのをただ待っているだけだったという義父。当然閑散期には売り上げがガタ落ちになり、そのことが、ますます状況を悪化させていた。


 それを避けるためには、取引先をもっと増やしておくしかない。


 彼は単価を明記したチラシを作り、取引のなかった会社にも営業に出向いた。古臭い体質のこの業界では画期的なやり方だったようで、狙いどおり仕事量は着実に増えて行く気配をみせた。




 そんなこんなで最初のバタバタした状況がとりあえず落ち着いてきた頃、彼がみんなでステーキを食べに行こうと言いだした。


 隣町のちょっと高級なステーキハウス。

 景気のよかった頃には、ときどき家族で来ていたのだという。


 とろりと濃厚なコーンスープ、鉄板の上でジュージューといい音を立てる分厚いお肉。


 こんなときにこんな贅沢をして大丈夫なの?

 ハラハラするわたしを尻目に、彼はきっぱりと宣言した。


「これからは4人で力を合わせて、死ぬ気で頑張るんだ。そして、毎月ここに来れるようにしような!」


 そうだ、彼はいつでも小さな希望を探して気持ちを奮い立たせようとする人間だった。みんなをここに連れてきたのも、そのためだったに違いない。


「そうだな、冬子ちゃんも来てくれたし、わしらももうちっとがんばらんとな」


 義父が上機嫌でそれに応える。


 義母もこのうえなく満足そうにスープを味わっている。



 その姿を見ながら、わたしもまた明日からの決意を新たにしたのだった。

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