私の視点
今回は視点を変えて私、篠崎紀奈子の物語を進めようと思います。
では差し障りのないように、状況描写から始めます。
光が正義で闇が悪なら、この部屋は染まりきれない悪なんだろう。
締め切ったカーテンでさえ、日光を完全に遮ることはできずに正義の進行を許している。
しかし机の上には模造正義が居座っているのだ。一日中。スタンドライトだ。
「明かりをつけるのなら天井に付いている物をつければいいのに」とも思うだろうけど、それじゃあ怖い。
あれの後から、明るいところは全てが危険だと感じる。スタンドライトでも進歩した方なのだ。
最初はカーテンの隙間の光しかなかった。だから正直不便だった。
つい三日前につけれるようになった、スタンドライト。今はそれが人気のない夜道にある街灯のように思える。そこに何か見えてしまうと脚を止めてしまうが、その光のおかげで進める。道しるべのような存在。
元の生活に戻りたい。でも、怖い。あの事故がまた、今度は自分に襲いかかるかもしれない。
少なくとも家の中は安全だ。
四六時中家にいて、俗に言うヒキニートというものに該当するわけではない。
パソコンは調べものの時くらいにしか使っていないし、スマートフォンは電源が入っていない。勉強も自分でしている。
今は少し趣味をやっている。
大仰に言えば執筆。謙遜していうなら、紙の無駄遣い。
短編小説といえば聞こえはいいかもしれないが、妄想の発散場所でしかない。ただの恥ずかしい紙。
けれどもいつかは出版社に送ってみたいとも考える。それも妄想の片鱗かもしれないが。
学校に行けなくなる前に買いだめしておいた小説。それらの世界観に心惹かれた。
ライトノベル。中高生向けに書かれたそれは、今まで私が読んでいた純文学とは違って非現実の局地だった。
初めに手に取ったものは、ふと表紙が目に入った一冊。読む本に困っていた私は「これも何かの縁だ」と思い、それを買った。
家に帰ってそれを読んでいくと、これが表紙詐欺なのかと実感した。
表紙は如何にもファンタジーなのに、蓋を開けてみると、一人の主人公が女の子達に無条件にモテて、美味しい思いをしていた。
正直辟易した。いくら非現実を求める娯楽小説といえども、ここまで現実離れすると荒唐無稽にすら思えてくる。
それでも途中で投げ出すのは性分に反する。最後まで読み終えた。
このようなものを書く人間は一体どの様な人なのか、そんな疑問を抱きながらあとがきを読み終える。
なんだ、普通の人じゃないか。
そんな感想と同時に、読後のやりきった感じ。満足感。
え? 待って、満足感?
自分で思ったのに。荒唐無稽で浮世離れしていると。
それでも満足感。続きが気になっていた。
疑問は解決されないが、次巻への欲は治まらなかった。
兎に角。身体がまだ欲しているのなら摂取する。べつに、体に害をなすものじゃあ無いんだ。
ライトノベルと一緒に買っていた小説(流石に一冊で買うのはハードルが高かった)を手に取る。
読み終える。時計の短針は天井を指していた。外は暗い。
読み終えた。あとがきも全て。
なのに、さっきよりも満足感が薄い。
そして、続きが読みたいという欲は残ったままだ。
何がそこまで引っかかるのか。わからない。
「もう何冊か読んでみようかな……?」
夜も更けていたので、その日は意識を船の船頭に渡した。
次の日の学校の帰り道。昨日の書店に立ち寄り、二巻と人気らしいシリーズの一巻を二種類。合計三冊購入する。
帰宅後すぐに読み始める。
またも満足感。しかし今回は圧巻すらおぼえた。
今読み終えたものは、学園青春コメディーに分類されるだろう。人気なのが肯けた。
次が読みたい。一種の麻薬作用のようなものに犯されていた。
しかし、昨日のものの続きも読みたい。同じ人気作の一巻も読みたい。
同じように人気を集める傑作なら、今の一冊と同じような感覚になれるはずだ。でも続きも読みたい。一巻も読みたい。でも。でも。でも。
同じようなことの無限ループ。これでは埒があかない。
しょうがなく、机の上に置いた二冊を目を瞑りシャッフルし、一冊選ぶ。
一巻だった。
文句はない。読み始める。
昨日のものと同じように、ファンタジーだと思った。でもそれは表面上だけを見ればファンタジーだが根本的には違っていた。
近未来を舞台にオンラインゲームの中に閉じ込められた、少年少女。
そこで死ねば現実でも死ぬと、ゲームマスターに宣告される。
その舞台であるゲームの舞台が、ファンタジー。
ゲーム名がタイトルだったので、最後にはこのゲームから脱出して終わりかと思いきや、この一巻だけでクリアしてしまった。
たしか本屋には十数までの巻数があったはず。
気になる……。
それと同じくらい、興奮していた。
鼓動は早まり、呼吸は口でし、今すぐ何かしたかった。今興奮をどうにかしたかった。
ここで私は血迷った。
この興奮を、性的興奮と誤認したのだ。
文章中にエッチな描写もあった。
それのせいだと。そう思った。
しかし私にも理性はやはりあったようで、人に言えない慰めをするまでには至らずにすんだ。
興奮はベッドで悶えていたら、解消された。
そして昨日のものの二巻に手を出す。
先の二冊に比べれば色々なものが劣っていた。
しかしやっぱり、あった。
それの正体はいたって簡単。単純明快。痛快さも面白味も、果てには興味さえも産み出さないその答えは、一重に憧れだった。
物語に憧れるなんてことは、誰にでもあることだと思う。
それでもそれには強弱がある。ライトノベルはそれが大きかった。
人によく見られたくて勉学を納め、人に好かれたいからいい子になる。
自分の好きなものに対して酷評している友達に、同意を求められても自分を殺して、賛同する。
気持ちが悪かった。吐き気がした。逃げ出したかった。反抗してやりたかった。そのスカスカな論を論破したかった。
でもそれはできなかった。
皆から避けられるなら、まだ耐えられるかもしれない。でもそれ以上にそれより上のことが怖かった。
ネットの匿名での誹謗中傷、表だっての肉体的いじめ。
それが怖かった。だから、他人に賛同した。
ライトノベルのなかで、主人公たちは欲望に忠実だった。
例外もあれど、それが格好よかった。
自分もああなりたい。それからの第一歩を踏み出そうとした。
でも、その第一歩が今いるこの場所なんだ。