記憶取り戻したい?
遠野麻季。
その名前が本当だとしても、なぜ知っている?
「二人はお知り合いですか?」
あ、今思い出した。と言いたげな顔をする。
「そうだよね。そこもわすれてるよね。麻季のこと忘れてるんだからねー」
そこもってことは、知ってたのか。以前の俺は。
どうでもいいだろうが、今の嘲笑ったような口調は、本当にイラつく。
「麻季と僕はね。三親等以内の間柄だよ。従妹」
いとこが似ている確率はあまり高くなかったと思う。
それに倣ってなのか、二人は似ていない。
佐々木さんの茶色がかった髪に反して、遠野さんは綺麗に光を反射する黒。漆黒とも言える。
目は辛うじて開いているような佐々木さん。
普通よりも大きい遠野さん。
男と女で完全に対極と言ってしまえぱ、それまでなのだろうか。
「高学歴で羨ましいです」
俺は中の上の学校だし。
「それは僕がかい? それとも麻季が、かな?」
「佐々木さんも羨ましいですが、その恩恵を受けられる遠野さんもです」
座っているベッドの斜め後ろ辺りから、「さん付け……」といった主は、声から判断して遠野だろう。
付き合っているはずの彼氏に、さん付けで呼ばれるなんて、よほどないことだろうし。
「お褒めに預かり光栄です。……んでさ」
意識を佐々木さんに向ける。
「記憶、取り戻したい?」
「当然です」
「それは、取り戻したいのかな? それとも逆?」
今わかった。この人性格悪い。
そんなこといちいち言ってても、話が進まない。
さらに、寝起きだからか、少し怠い。あと五分をエンドレスループしたかった。
会話を進めるために、
「記憶を取り戻したいです」
それを聞いた佐々木さんが、俺から視線をそらし、口角を上げる。
その目には遠野が写っているのだろう。
この人は身内に甘い。と考えるべきだが、そこにあったのは、面白がっている顔だった。
事故にあったのなら、少しは入院するだろうが、俺は一週間かそこらで退院した。
左腕は骨折しているにしても、もうすぐ引っ付くからとのことだ。
右利きだから、あまり不便はない。
遠野さんは入院中、毎日病室に来た。
色々と付き合っている時の事を、教えてくれていたのだが、全く記憶に無い。
まるで仲の良い女友達に、彼氏とどこに行き何したと聞かされている気分だ。
時は本題に急ぐようで。
今俺が着ているのは、高校の制服。
この腕で登校しろ。ということだ。
俺がいつも乗っている電車は、学校最寄りの駅が小さいというせいか、ほぼ百%こんでいる。
そこをなんとか乗りきり、改札をぬける。
そこから顔を上げ、右を向く、一年以上見た校舎が見えた。