彼女の名前はね
「すみません、記憶になくて」
そのあとは流れるように、診察を受ける運びになった。
当然なんだろう。知っているはずの人を、知らないと言ったんだから。
自分では知らないと言っていても、回りがそれを否定する。
そこから導き出される答えは、記憶喪失。
「どうも、君の担当医の佐々木祐次です。困ったことがあったら何でも言ってきてね。これでも超が付くほどのエリートだから」
自画自賛はすぐに終わった。
はっきり言ってしまうと、少し引いた。大丈夫か? この自称超エリート。
「じゃあ単刀直入に訊こうか。彼女が誰かわかる?」
佐々木さんが指差す先にはブレザーの女。
何度訊かれたって、
「わかりません」
それだけだ。
「なら、君の名前は?」
「北林祐希です」
「大正解。じゃあこの人は?」
後ろに控えていた看護婦をさしている。初見だし、名前どころか顔も覚えはない。
こういうときの答えは須く同じ。
「わかりません」
「うん、それが当然だよね。彼女はね、看護婦歴三年のまだまだ甘ちゃんの、本田奈々。既婚だからね?」
17才の俺に釘をさす意味合いか、言外に落ち着けと言っている。
「なにかあったらこの子に言ってもいいからね。あ、僕は三十才ね?」
佐々木さんは何というか、年相応の外見だ。
少し描写しようと頑張るなら、髪の毛が茶色っぽいくらいだろうか?
本田さんの方は、まだ高校生でも通るかもしれない。もちろん三年だ。
肩に届くかどうかというところの髪の毛。
薄い化粧に、健康的程よく日に焼けた肌。
目の下に隈などもなく、いい生活をしてるんだな、と思わせる。化粧で隠している可能性もあるだろうけれど。
本田さんが微笑み会釈する。
「よろしくね」
その微笑みには育ちの良さが見えた気がする。
「じゃあさ、この現役JKを思い出す第一歩ってことで、この子の名前聞きたい?」
「忘れてるんなら……まあ」
「うん。正直だから教えてあげよう」
正直に言わなかったら、秘密にするきだったのか!?
「彼女はね、遠野麻季だよ」
ひとつ。ここで疑問がまれた。
名前の真偽はともかく、なんで知ってる?